鹿島美術研究様 年報第40号(2022)
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■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■に関する研究研 究 者:北九州市立美術館 学芸員  落 合 朋 子本調査研究の目的は、磯崎新の重要なパトロンである四島司の依頼によって磯崎が手がけた福岡相互銀行の建築群に着目し、磯崎が手がけた初めての本格的なオフィスである《福岡相互銀行本店》(1971)を美術という文脈から読み直し、磯崎の美術館建築の起点としてとらえることである。そのためにまずは、《福岡相互銀行本店》のために制作および収集された作品についての包括的な調査を行う。四島コレクションについては、2003年に『Shishima Collection』が刊行され、厳選した代表作47点が掲載されたが、その全貌が公開されることはなかった。四島コレクションの調査や、関係者にインタビューを行い、作品の設置場所、収集プロセスなどを調査する。また《福岡相互銀行本店》は、すでに解体されているため、磯崎新アトリエの図面、当時の建築雑誌、石元泰博によって撮影された写真などもあわせて調査する。また四島は磯崎に《福岡相互銀行本店》のほかに、福岡相互銀行の6つの支店、すなわち《福岡相互銀行大分支店》(1967)、《福岡相互銀行大名支店》(1969)、《福岡相互銀行東京支店》(1971)、《福岡相互銀行長住支店》(1971)、《福岡相互銀行六本松支店》(1971)、《福岡相互銀行佐賀支店》(1973)を依頼している。色彩によって空間の質を変化させようとする磯崎の試みが、《建築空間》(1966)を出品した「色彩と空間」展、「空間から環境へ」展(ともに1966年)を通して深められ、《福岡相互銀行大分支店》の鮮やかな色彩で覆われた内部空間として具現化するなど、磯崎の建築には、現代美術家との接点が大きく影響している。これら6つの支店について、磯崎新アトリエの図面、当時の建築雑誌などを調査し、美術との接点という観点から考察する。最後に、磯崎が《福岡相互銀行本店》ののちに手がけた主要な美術館建築について、現地を訪れ調査を行い、《福岡相互銀行本店》で磯崎が高松次郎らに応接室を依頼したことが、磯崎が美術館の「第3世代」として実現した《奈義町現代美術館》につながっていく過程を明らかにする。なお磯崎は、《奈義町現代美術館》の後、《中央美術学院現代美術館》(2008)、《上海ヒマラヤセンター》(2010)なども手がけているが、サイト・スペシフィックな美術館を具現化した《奈義町現代美術館》を《福岡相互銀行本店》の着地点とするため、これらは調査の対象としない。― 55 ―

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