鹿島美術研究様 年報第40号(2022)
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かにすることを目的とする。(意義・価値)平安やまと絵の典型とみなされてきた本作品は、近年、その画題や画面構成から宋画の影響について指摘されはじめている。本研究では宋画に加えて五代の花鳥画や高麗の工芸品などの東アジアの美術を広く視野に入れることで、本作品の成立にかかわる具体的な様相が明らかになるとともに、我が国の絵画様式の形成過程にかかわる研究の流れを推し進めることができる。加えて、これまで日本における花鳥画の成立は中世以降とされてきたが、近年ではその成立を平安時代に位置付けようとする動きが見られる。本作品における動植物を主体とした場面の影響源を中国絵画に求める本研究は、日本の花鳥画研究の流れの最先端として極めて意義のあるものである。また、本作品の先行研究では、東三条殿における大臣大■のさまを表すと見られる場面が存することから当時の左大臣藤原頼長による関与が想定され、頼長による四天王寺参詣について記した資料の分析により、十二世紀中ごろに頼長が臨席した四天王寺の舎利会に際して奉納された作品であると推定された。しかし、本作品が四天王寺に伝来したことを記す資料は近世にまでしか■りえないことから、制作・奉納場所などの前提が曖昧な状態で制作背景に関する議論を行うのは早急と思われる。本研究では作品の実見に基づいてその様式や技法を丁寧に分析し、同時代の大陸の様式観の変遷と照らし合わせながら考察を行うため、制作背景にかかわる課題に一石を投じることが可能となる。(構想)本作品を同時代のやまと絵作品と比較すると、粒の大きい緑青による立体的な顔料の使用も相まって樹木の陰影が写実的に表されていることが分かる。既に武田恒夫氏をはじめ中島博氏や増記隆介氏により、動植物主体の場面の画面構成や画題において宋画からの影響が指摘されているため、陰影表現などの様式面においても中国絵画の影響を受けていると考えられる。実際に、樹木の幹や葉についてその形態や彩色を細かく観察すると、北宋・南宋絵画と通ずる要素が確認できることから、本作品は平安後期における文物を介した宋との交流の中で、当時の文化の最先端を求めた貴族により最新の技法が取り入れられた作品と解釈することが期待できる。また、本作品の複数の場面に見られる柏の樹のモチーフについて、枝から三方向に葉が分岐するさまや伸びやかな葉脈の描写は、「青磁象嵌袱紗文梅瓶」(韓国国立中央― 63 ―

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