こうした史料の発見とともに作品の紹介も進み、今日友松筆とされる作品群には、妙心寺伝来の屏風と建仁寺の障壁画群をはじめとして、幅広い画題と画面形式の作品が含まれている。ただそうした現存作品の作期は、関連文書をもとに推定される年譜においては最晩年の二十年に集中しており、前半生の画業などはほとんどが不明であると考えられている。また友松の生涯や人物像を推測するうえで基本史料となってきた海北家伝来の史料についても、友松を顕彰する意図を少なからず含んだものであるとひろく了解されるに至っており、その内容のうち友松幼年期の動向に関してはいくつかの疑問点が示され、友松若年期の父兄に関する記述においては他の史料との矛盾が生じていることがすでに指摘されている。一方、それら友松作とみられる作例の多くが落款を有することから、その比較考察も重要視されてきた。これについて筆者は近年、特に署名の文字に着目して字形をつくる要所である始筆や終筆、転折の起こる位置の観察をおこない、落款が必ずしも推定作期の順と同期して変遷してはいないことを見出している。このような諸研究をふまえて考えるとき、作品の考察の前提となる史料等の要素に再考の要があること、加えて現存作品から知りうるのは最晩年と思われるある時期の様相であって、長期的な画風展開の過程をそこに知ることはできないということはきわめて重要である。ここに、作家の「画風」がもつ特質を、その諧調的変化を追うことのほかに新たな視点で考察できないか、という問いが立ち上がってくる。この研究はそうした問題に対する一つの手段として、画面をかたちづくる無数の筆跡そのものに着眼点をおくことで、友松画がどのような運筆によって生み出されるものなのかという視点から、画風考察をおこなおうとするものである。新たな試みとしてはまず、作品の観察と比較検討を、筆致の向きや位置関係、一定範囲内で起きる反復の回数など、可能なかぎり客観的な観点を設けておこなう。これにより、これまで「簡略」「簡潔」とも評されてきた友松画の用筆の特徴を、より詳細に提示したいと考える。またたとえば樹皮に関して、樹木の種類に応じて用いられる筆運びを仔細に分析することは、景物に対する認識をひもとくという意味でも、表現の一側面を明らかにすることとなるものと考える。ここでは友松画との比較対象に活動期が重なると考えられてきた画派の作品をひろく含め、物の質感や形態を表現することに関して、友松画の描法がどのような点で特異さをもつか確認する。またその特異さが、他とも通じる描き方にどのような変化を加えたものなのかを確認することで、画風の独自性と― 80 ―
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