鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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⑯ 「北斎漫画」の研究ーとくにその初編を中心に一研究者:財団法人出光美術館学芸貝内藤正人はじめに『北斎漫画』について『北斎漫画』…この作品が与える印象は,すでにその内容を知るものにとってはこのうえもなく魅力的である。だが,それと同時に,この画譜はなかなかにとりつくしまのない宏大な宇宙のようなイメージを抱かせるのもまた事実である。「画狂人」という画号を誰憚ることなく用いた浮世絵師葛飾北斎の,ほとばしり出る涌水のような創造カの証明,あるいは造形の試行錯誤の実験室ともいうべきこの画譜は,遠い十九世紀に欧州の後期印象派の画家たちによって絶賛されて以来,日本をはじめ世界中の人々に広く親しまれ続け,今日でもなお,みるものの興味を惹きつけてやまない。浮世絵を専門とする日本近世絵画史の研究者によって,幾度となく研究のメスがいれられてきたこの作品であるが,近年ようやくその根本となる書誌学的考証が解決をみ(注1)'画冊である本作はいよいよ多角的視野に立っての本格的な分析・解剖に済手すべき時期が到来したといってもよい。しかしながら,全十五編(北斎没後に三編が追加出版される)にのぼる絵本のなかの,膨大すぎる情報量を解析・整理する作業は,個人単位の研究にはおのずと限界があり,逆にいえばさまざまな研究者による立体的なアプローチを可能にする余地がある。本稿は『北斎漫画』について,とくに初編を中心とした初期の編に関して新たな検討を加えるものである。具体的には,画業全般において絵本や画譜類の執筆にかなり大きなウェイトを置いた作者北斎が,当初どのような意図でこの画譜をつくったのか,つまり本書で彼の思い描いていたイメージは何であったのか,という点と,さらにその折に創作のためのエッセンスをどこに求めていたのか,という点について,若干の考察を加えたいと考える。そもそも北斎の研究は,それ自体が幅広い分野の多くの研究者の協力によってなされるべき,無尽蔵の豊富な内容をもっているが,ここではその代表作のひとつである『北斎漫画』の初期の編に絞って,作品研究をおこなうこととする。(1) 『北斎漫画』と『芥子園画伝』『北斎漫画』は,文化十一年(1814)から北斎の没年である嘉永二年(1849)まで,-96-

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