鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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はっきり指摘できる箇所が少なからず存在することを確認できた。本写本が平安時代まで遡ることと相まって活字本との対校本としての存在価値は高い。(3) 『不動集』〔第285箱ー31号〕一帖(「文永三年六月廿ーB於一条殿北面以威徳寺御房御本出窺了顕海」の奥書をもつ)本書は『別尊雑記』の編纂で知られる心覚の著述目録にみえる「不動集」に該当するもので,不動明王の図像に関する覚え書である。本書は活字化されておらず,また,その存在そのものについても従来さほど注意が払われていたとは言い難いが,今回の調査において彼の著『鶴林紗(別尊要記)』の「不動頂上蓮花事」は本書からの抄出であることが確認されるとともに,十世紀の不動明王像の図像を考える上で重要な史料であるとの認識を得ることができた。すなわち,本書には当代において有名であった各寺院の不動明王像の図像表現の特色が適宜,挿図を交えながら示されており(なお,この図示は『鶴林紗(別尊要記)』「不動頂上運花事」では省かれている),その中には東寺西院像,同講堂像,神護寺五大堂像,禅林寺三昧堂像など九世紀に造像が遡る尊像に交じって般若寺五大尊像のうちの中尊像,円融寺真言堂像,同五大堂像,香隆寺真言堂像,遍照寺像,素光寺像といった十世紀の不動明王の諸像の特色が簡潔に述べられ,このほか「三井寺御経蔵本」,「會理僧都手所造之像」などが図示されている。そして,そのなかには今日惜しくも失われ,平安・鎌倉時代を通じて図像集にも記されず,本書においてしか伺うことができない尊像も含まれており本書の史料性を高めている。今後,十世紀の不動明王像の造像を考えるうえで,さらには,その図像表現を考えるうえで本書は重要な示唆を与えるものと思われる。以上が今回の助成金によって得た成果のすべてである。ここにあげた各作例についてはその問題点を踏まえ稿を改め考察を深めるとともに,探索をおこなった文献史料についても,適宜,紹介ならびに翻刻等をおこない,広く彫刻史の研究に役立てたい。-142-

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