⑬ 野呂介石の画業についての研究研究者:多摩美術大学美術学部学科助手大西1.はじめに野呂介石の画業については,その現存作品が数百点にものぼるため,詳しい考察と全体像の把握に充分な時間をかける必要がある。そこで昨年度は,今後研究を深めてゆく為に次のような基礎的な作業を中心に行った因まず,介石の画論『介石画話』を考察することによって彼の絵画思想,画家としての方向性等を探ることを第1の課題とした。次に,最初の作品調査として,介石の出身地和歌山県の県立博物館所蔵作品及び寄託作品の一部見学調査を行った2)(別紙添付資料参照)。その際,申請書にも記したように分野を山水画にしぼり,介石の用いた様式・好んだ主題等について考察した。また今後の調査に備え,未見の作品も含め年代序列に基づく資料整理を行い,介石山水画の全体像を掴むことも徐々に始めている。最後に,画論の内容と作品の特色とを突き合わせ,介石が目指したものと行き着いた現実が,どのように呼応しまたは食い違っているか等について考えてみたが,これは今後の研究調査・資料収集に負うところが大きい為,今回は途中経過を報告するに留めたい。2.研究成果1一介石が評価した画家『介石画話』3)は,介石が折に触れて話した絵画論を門人が筆録したものである。“或る時翁曰く……”といった書き出しの比較的短い内容45項目で構成されており,体系的な画論ではない。が,介石が着飾らずに普段着のまま語っている分,訪問客とのやり取りや見聞した絵画を評価する言葉の中に純粋な山水観が洞察しうる貴重な書である。本書から,介石が評価した画家について考察した結果は次の通りである。介石は中国では黄公望,伊字九,日本では池大雅を常に意識下に置いていた。四.介石は大雅の画風や様式そのものではなく,自然に学ぶという山水画家としての姿勢を深く敬愛していた。― 黄公望の存在は文人介石の作画生活の上で,精神的支柱となっていた。― 介石は黄公望志向を実現するものとして伊字九の作品を評価していた。蕉-143-
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