⑯ 敦煙壁画における山岳表現研究者:名古屋女子大学非常勤講師小島登茂子敦煙壁画の美術史的研究は,これまでは図版など扱うことのできる資料が限られていることもあり,描かれた壁画全体を対象として,仏教絵画としての主題の比定,そのモチーフの西域,中原との影響関係などに集中してきたといえる。しかし,本格的なカラー図版も出回り始めた現在,より詳細な分析が可能となってきている。こうした状況をふまえて本研究では,この敦煙壁画群中の各時代にわたって随所で見られる山岳表現に注目して,主題・モチーフの分析だけでなく,その構図法・技法などの細部にわたる分析をおこなうことによって,山岳表現の変化が説話表現の展開の発展段階と密接な関係のあることを指摘し,山岳表現の追及が敦煙壁画の絵画的な展開の有力な解明手段たりうることを実証的にあとづけることを意図した。また,一方ではこれを手掛かりに敦煙での山岳表現の展開を把握しつつ,各時期の絵画技法などのオリジンを追及することで,可能であればその製作者集団の出自を明らかにし,それによって資料の稀薄な5■7世紀の中国絵画の山岳表現を分析する可能性を探ることを目指している。そのためにまず,北魏から唐代までの壁画について,説話表現の主題を限定せず,窟全体の山岳表現の様相を文字,およびグラフィックによってデータベース化することを今回の研究の第一の課題とした。すでに北周から隋代までの山岳表現については,説話表現のうちサッタ太子生図に限って,その展開との関連をめぐって発展過程を分析し,3段階に分類を試みた。その考察については「敦煙壁画における北周・隋代の山岳表現」(『美術史』第百三十一冊,平成四年)にまとめたが,今回はさらに対象の時代を拡げ,北魏から唐代前期までを分析することにした。とりあえず,先の3段階の分析をうけた検討の結果,おおよそ次のような見通しを得た。すなわち,山岳景は説話表現がフリーズから大画面構成へと移行するなかで,「区画」から「統一した舞台設定」という機能上の変遷を辿ることが確認できた。説話の景の「区画」としての表現と,「山岳風景」の表現という両面価値をそなえた山岳表現の様相は,以下のような5段階に分類することができるのである。1.「山の中」という情景説明のため,画面一杯に山が描き込まれた時期で,区画と-158-
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