鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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の中間報告とする。次に,ここで当時の工芸史全般に渡って貴重と思われる,博覧会事務局と出品作家や作品の関係について示す資料を紹介したい。「温知図録」(東京国立博物館保管)という83冊からなるフィラデルフィア博覧会および第1回内国勧業博覧会出品作品の緻密な手彩色の模写の画帖は博覧会事務局が図案を制作者に渡す,あるいは制作者の図案を提出させて,場合によっては修正を加えていたことを示す資料である。二度にわけて編纂され,一回目は24冊からなる。次に示す前文ではその性格を見ることが出来る。「温知園録明治九年米國費府萬國博覧會出品製二営テ蜜園ヲ製シ諸工二分輿ス又工手自ラ立按ヲ圃シ剛正ヲ請フモノアリ事務官出品科長塩田真専任ス事務官科員納富介次郎及岸光景中島仰山画工岸雪浦狩野雅信等従事ス今其稿本ノ存スルモノヲ収メ之レヲ陶器七賓鋳物鎚鍛器藤細工刺繍紋檀染革合十類二分チ縮寓ス蓋トキ圃ヲ製スルヤ古豊圏中二就テ形容紋章ヲ捜索シ兼テ新意ヲ加フ故二名ヲ温知圏録卜云明治十年六月事務官山高信離誌」二回目は,59冊からなり,その前文には明治十一年パリ博に備えるものとしていることを示す一文がある。「温知図録第三輯温知図録明治九年米合衆國獨立百年祭萬國博覧會アルニ嘗リ諸工二領輿スル製品稿本ヲ纂輯スルニ始リ相継クニ明治十年内国勧業博覧會出品ノ稿本ヲ以テス而シテ姦篇纂輯スルモノハ即チ明治十一年法郎西萬国博覧會二臨ミ諸エノ請フ所二依リ諸子卜同シク新二製セシモノ及ヒ各エノ稿本ヲ寄セ加剛ヲ請フニ應シ其意匠ヲ補ヒシモノニシテ一人ノ製セシ所二非サルナリ(中略)明治十三年十二月内務省書記官兼大蔵省書記官従六位勲五等山高信離」この図録に掲載される図案は写真に勝るとも劣らないほど,細部の模様が描かれており,部分的には盛り上げの表現まで施して作品の様子を伝えてくれる。特に,フィラデルフィア博の各々の作品の写真が見当らないため,それに代わる研究資料といえよう。例えば,フィラデルフィア博覧会の出品作品であるスコットランド王立美術館の鈴木長吉の大香炉も詳細部にわたる図案九枚が含まれており,その胴部の形状,胴部模様,香炉の足の輪郭,蓋の上で羽を広げる鷹の羽と尾の角度などに朱線の加筆が見られる。この図案には「図画雪浦印」「考定仰山印納富」「捕手小林印」の名がみられるが,他の図案にある「考案」でなく「考定」になっているのは,鈴木長-166-

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