鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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明序⑱ イタリア・ルネサンスの肖像胸像の研究研究者:宮城県美術館学芸員芳野ポートレート胸像は騎馬像や裸体立像とならんで古代以来失われていた表現形式のうち15世紀に復興した彫刻のージャンルである。裸体立像が神話,騎馬像が物故者に主にテーマをとっていたのに対して,ポートレート胸像はその主たる対象が存命中の市民であった点できわめてルネサンス的であると言える。その役割は宗教的でも政治的でもなく,現代の胸像にも通ずるような杜会的ステータスを示すものであった。古代,中世の胸像形式の作品とルネサンス期のそれとの関係やルネサンスのポートレート胸像の内容に関してはアーヴィング・レイヴィンが既に詳細な研究を発表している(I)。彼の述べる初期ルネサンスのポートレート胸像の特徴は以下のように要約できるだろう。1)完全な丸彫りであること2)台座がないこと3)肘のすぐ上で水平にカットされていること4)外からは見えない位置に作者,モデル,制作年等を記した銘があること15世紀を通じて,確かに主要なポートレート胸像は基本的にこの5つの要素を遵守している。近年,こうした特徴を備えた胸像群に新たに重要な作例が加わろうとしている。バルジェッロ美術館のいわゆる「ドナテッロの『ニッコロ・ダ・ウッツァーノ』」である。本来,この研究の目的は15世紀のポートレート胸像を系統的に把握することだった。それにはまず「15世紀最初のポートレート胸像は何か」という問いに答えること,そしてこの問いに対する解答として近年注目されているこのテラコッタ像に関わる問題を検討することが不可欠である。・いわゆる『ニッコロ・ダ・ウッツァーノ』をめぐる問題1745年にはじめてカルロ・カルリエーリによってフィレンツェのガイドブックで紹介され(2),19世紀後半以来,公けの注目を集めるようになったこの像は常にその帰属とモデルの同定に関する問題を巻き起こしてきた。デジデリオやピエトロ・トッリジャ5)モデルが制作当時,存命中であったこと-168-

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