鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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ーノの名が作者として挙げられたり,カッポーニ家の面々がモデルとして浮上したりした。しかしながら,1984-85年の修復,1986年のドナテッロ生誕600年記念展と学会を契機にこの像に対する評価は一転し,現時点では「ドナテッロの真作『ニッコロ・ダ・ウッツァーノ』」としてそのoeuvreのうちに確固たる地歩を築きつつある。こうした評価に致った過程は以下のように考えられる。84-85年の修復によってこの像の頭部が二つの部分,すなわち顔面とそれ以外の部分とから成ること,さらに耳がこれらとは別に塑型されていることが明らかにされた。これはこのテラコッタ像がデスマスク,あるいはライフマスクから作られたということの強い証左となった。つまり,頭部を前後の二部分に分けたのは実際の頭から型を取り外すためであり,耳が別に塑型されているのは雌型となる石膏の圧力によって後方へ強く押しつけられたこの部分を作者が手仕事で修正したことを示していると考えられたのである。こうしたデスマスクーーライフマスクの使用の確認がこの像のフィジオノミー上の特徴から導かれるニッコロ・ダ・ウッツァーノヘのモデルのアイデンティフィケーションと相侯って,制作時期を15世紀前半に置くことを可能にし,ひいては「イタリア・ルネサンス期における最初のポートレート胸像」(ポープ=ヘネシー)(3)という位置を確かなものにした。そしてこの時期にフィレンツェで活躍していた自然主義を特徴とする彫刻家,すなわちドナテッロにこの像を帰属することがごく自然に受け容れられるに到ったのである。またこの帰属には,古代以来失われていたポートレート胸像の復興者という大役を果たし得る者は,騎馬像や裸体立像を同じように復興させたドナテッロ以外には有り得ないという無意識の判断も手伝っていたと思われる。さて,一見しごく妥当のように見えるこの評価にも欠陥があるように思う。それは,ほぼ制作年代の固まったこの像をもう一度ポートレート胸像全体の,そして15世紀美術全般の流れのうちに捉え直す作業が欠けている点である。以下ではこうした観点から,この像を様式と図像の両面にわたって考察してみよう。・様式この像の様式上の最大の特徴は,胸部と頭部との関係にあると言える。向かって右上方へ強く顔を捻る形態は,15世紀に限らず胸像形式の作品にはきわめて珍しい。15世紀の作例でこれに近いものはドナテッロとイル・ロッソの共作になるカンパニーレ彫像群のうちの一体『アブラハムとイサク』のアブラハムに認められるが,これは物-169-

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