鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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画面を構成し,余白ばかりでなく各モチーフの上にまで文字が侵入してくる場合が多い。画面内へのこの文字(人物名,科白,ストーリーの補助的叙述等)の参入は,既に鎌倉時代の「華厳縁起絵巻」などに認められるが,その流行は室町期以降にみられ,主題的にはお伽草子系の作品に顕著な特色とされている。ところで白描絵巻の小型化は,その取り扱いを容易にさせ,より身近な存在として掌中の愛玩物のように愛好観賞する享受の場を予測させるものだが,この画中詞の採用は,そうした傾向を一層助長したであろうと考えられる。実際小画面に細かく書き連ねられた文字を読みつつ各モチーフを確認していく作業は,画面への柩度の接近と集中を要求したものと想像されるからである。また絵画観賞の内容という観点からは,絵をより親しみやすく理解しやすいものとしたことが推察されよう。即ち絵を見ながら同時に登場人物の会話を読むことによって,観賞者はより一層生き生きとした臨場感を味わい,即座に具体的イメージをうることができるからである。しかし,それは一方で画面が説明的挿し絵的性格を帯びることを促すことにもなる。しかも,もともと色彩という絵画の重要なファクターをもたず,墨線という文字と共通する表現手段をとる白描画の場合,画面への文字の参入は,違和感が少ない分区別も曖昧で,着彩画に較ベー層絵画としてのインパクトを弱めざるをえない。画面からカットヘ,絵からイラストヘといった流れがこの画中詞の採用により促進されたように思われる。「隆房卿艶詞絵」に代表されるような鎌倉時代後期の白描物語絵の持っていた象徴性や情趣,静謡な雰囲気といったものにかわって,より平明で現実的直接的な表現が顕著となっていく背景には,こうした享受の在り方との密接な関係が想定されよう。様式上は,基本的に面貌表現は引目鉤鼻,建築描写は吹抜屋台といった物語絵の伝統的手法が踏襲される。しかし具体例は割愛するが,個々の表現においては多様化が見られ,また謹直な制作態度が崩れて,鎌倉後期の白描物語絵のような,屋台の中に人物を巧みに配した構図の緊密さは失われ,眉や黒髪の細線を引き重ねた精緻な描写にかわって,簡便な描き方による愛くるしい稚拙な趣の人物が登場する。またそれと呼応して,描線自体も鎌倉後期の作品にみられた緊張感が薄れ,繊弱で頼りなげな性質や,柔軟さを失い硬化した無機的性格をあらわすものが多くなるなど,質的低下を示すことは否めない。このような技術的レベルの低下や表現の多様化,安直な作画姿2 詞書の参入3 表現の多様化と稚拙化-175-

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