勢は,専門画人以外の素人の制作への参入を物語るものといえよう。そうした中で注目されるのが,水墨的表現の混入である。稚拙な画風の「稚児今参」や五巻本「源氏物語」のような伝統的主題の作品のなかにも,肥痩のある描線や没骨的表現を用いて墨の濃淡を生かし,岩や土壊,樹木などの立体感をだそうとする水墨的表現が現われる。そこには,従来の線描を主体とした繊細な情趣を志向する白描物語絵巻の伝統とは異なる,新しい時代の感性への対応を認めることができる。更に興味をひくのが工芸意匠との関連である。白描物語絵と辻が花染めのような工芸意匠との関連に関しては,既に「白描源氏物語小絵」や「転寝草紙」の研究において,秋山光和氏や米倉迪夫氏による指摘がなされている。しかし今回の調査により,そうした傾向が相当数の白描物語小絵に共通するものであることを確認できたことは,その時期推定や制作環境を考える上で貴重な指針となるものと思う。なお,辻が花染め的表現や草花の意匠化との関連において筆者が確認した作品としては,七点があげられる(表1参照)。それらは,(1)自然景表現の全体にわたっているもの,(2)室外の自然表現の一部に見られるもの,(3)調度など一部の絵柄にみられるものの3傾向に分けられる。更に,その描写を現存する僅かの辻が花染作品と比較してみると,染め自体より以上に描き絵の繊細な描線との親近性が感じられるものもある。いずれにしても辻が花自体の実態に不明の点が多く,文献及び現存遺品の少ない現状で簡単に解明される問題ではないが,今後両者の関連を探ることは,日本美術における絵画と工芸性との関係にも及ぶ興味深い課題と思う。従来より小型の白描絵巻に関しては,比較的短時間で制作でき,彩色の手間が不要な上に,経済的にも高価な顔料を使わずにすむなどといった観点から,素人の参入が容易であったものとの推測がなされてきた。既に,小型化する以前の鎌倉後期の「枕草子絵」の筆者として「とはずがたり」の作者二条や,ニューヨーク公共図書館本「源氏物語」については,公家階級の画技に堪能な画人による制作の可能性も提示されている。また古来より白描物語絵巻に関しては女性を筆者と伝承鑑定されている作品がきわめて多い。現存作品中に筆者が確認した女性筆者との伝承乃至極めを持つ作品は8点にものぼる(表1参照)。具体的には土佐光信や飛鳥井榮雅といった画家あるいは能筆家の娘とするものと,後柏原院内侍といった宮廷の女房とする2傾向がみられる。4 工芸意匠との関連5 制作と享受環境-176-
元のページ ../index.html#183