⑳ 北野天神縁起絵巻にみる地獄絵の研究一~メトロポリタン本を中心に一一研究者:静岡県立美術館学芸員玉晶玲子多様な展開をしめす中世の絵巻群の中にあって,一連の「北野天神縁起絵巻」は,いわゆる社寺縁起絵巻を代表するものとして,つとに有名である。しかし,きわめて複雑な内容をもつこと,又多くの諸本を形成していることにより,史学・国文学・宗教史学(神道史学や仏教史学)・民俗学・文化史学などの様々な領野から,研究が重ねられてきた。そして美術史学においては,これら諸学の成果をふまえつつも,それぞれの絵巻の様式論や制作者論,又系統論などの問題について,注目すべき研究がなされている。しかしながら,他の社寺縁起絵巻に比較しても,物語自体が非常に長大でかつ変化にとんだものであるために,最初期の絵巻である承久本や,これより制作年はおくれるものの,縁起の主要部分を伝えているメトロポリタン本に限ってみても,ひとつの独立した内容をもつ絵巻としてのく構成論>を十分ふまえた上での諸画面の分析が,なかなかされにくい状況にあると,言えるのではないだろうか。ここでとりあげる<構成論>とは,すなわち,天神絵巻において,菅原道真と言う,言わばひとりの人間の<-代記絵>が,どのようなかたちをとることによって,有力な神社のく縁起絵>へと発展(質的展開)をとげているのかと言う問題であるが,この問題を論ずる上で重要な鍵となるのが,日蔵の物語を描いた段である。確かにこの問題は,縁起文の検討をとおしても十分に論じられるべきものであるが,現在紹介されているだけでも30をこえる絵巻が制作されており,又それぞれの絵巻において,この日蔵謁の画面が特色ある内容をもっていることから,私は,美術史学においても,検討されるべき問題であると考えている。そしてその際には,一般に「地獄絵」および「六道絵」とみなされている日蔵諏の画面について,それぞれの絵巻の中で,「何が描かれているのか」ーモティーフー,及び「どのような話が展開しているのか」ー物語の内容一の詳細な検討が求められてくると,言えよう。こうした問題点をふまえて,本報告では,一連の天神絵巻の中でもはやい制作にかかる,すなわち天神絵巻の原初形態を示している承久本とメトロポリタン本の当該画(1) 問題の所在-179-
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