本画ベネチアのマルチアナ図書館蔵の詩篇(Marc.gr. 17)やヴァティカン図書館蔵のバジリオスニ世のメノロギオ(Vat.gr. 1613)の挿し絵に見られる様式的特徴に共通性が見られることがあげられる。この2つの写本とも今回実見して調査することができたので,より厳密な比較研究の結論を今後発表する予定である。後者の写本には複数の画家のサイン(本人の自筆サインではない)があり,ビザンティン美術史において画家の名が知られる数少ない作品である。今回実見して綿密に様式分析を重ねた結果,あまり今まで明らかにされてこなかった首都の写本工房の画家たちの構成や制作現場の手続きについてある程度その実態を明らかにすることができた。その結果べネチアのバジリオスニ世のための詩篇についても,新たに具体的にその制作にあたった画家の比定について仮説をたてるところまで研究を進めている。この成果によれば,同聖堂の壁画が単に首都の影響を強く受けているという今までの漠然とした指摘を具体的に検証できると考える。画家の比定問題について,キプロスの壁画にはもう一つ大変興味深い作例がある。聖ネオフィトスのエンクリストスの壁画は,この聖人自身が残した記録によって,その壁画の画家はテオドロス・アプセウディスでその完成は1183年であると知られている。同所の壁画には異なる複数の画家の手が識別できるが,その中から特に12世紀末のコムニノス朝末期絵画を代表するラグデラの画家と共通する画家の手を捜すのは困難ではない。それどころか,ラグデラに残る銘の伝える画家テオドロスがエンクリストスの画家と同一人物であることはほとんど間違いないと見られる。一方この感受性豊かで彫塑的な様式を見せる画家とは異なる様式を示す絵が,ペラホリオの聖使徒聖堂である。ドームの下に描かれた天使たちは,画家の動きへの執着を示している。このダイナミックで熟達した画家の様式は,コムニノス朝末期のクルビノーヴォやラグデラに見られるようなマニエリスティックな独特な線の様式とも一線を画す際立った作例といえる。このダイナミックな人物像の系譜はマニュエル一世時代の首都の中心的様式のなかに位置づけられる。この聖堂に残る画面は数が限られているが,パトモス島の聖母礼拝堂の壁画の時代比定とも関連して貴重な作例といえよう。マケドニアに見られるコムニノス末期の独特なマニエリスティックな表現との比較で常にあげられるラグデラの壁画は,前述したようにいくつかの異なる様式を示す作例をもつキプロスの絵画状況のなかでさらに厳密に分析される必要がある。その際A.スティリアヌの指摘は大変興味深い。すなわちこの聖堂の成立とその装飾に,十字軍侵攻による-196-
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