出のヴァージョンを調査することで出来た(図8,9)。原画の銅版画を入念に,執拗なまでに毛打ちで再現しようとする加飾の仕方は,先のグスタフIII世肖像と通じるが,この海戦図には空間,すなわち艦船をとりまく空気の層や奥行を暗示しようとする制作者の意図が見うけられる点,わずか4年後だが,長崎のエ匠のさらなる技術的進展が指摘できる。とくに金銀の蒔きぼかしで雲の表情や煙のたゆたいを表現しているところなど漆芸における洋風絵画表現の極致を示すものと言えるだろう。銅版画のモノトーンによる西洋的写実と絵画的諧調の再現,この難題を,蒔絵にとりこみ,装飾性を高めながら写実性をも失わせず解決し得ている。写実性と極めて日本的な装飾美を止揚して,全く別趣の漆工品を生み出しているのである。出島商館の有力者が,自分たちの好みを生かし,記念的な図柄を日本的珍品へと封じこめさせたと言ってよい。こうした長崎の漆器工房への注文が目立ってくるのは,年に一度の商館長の江戸参府旅行が,寛政2年(1790)以降,5年に一度に軽減されたことも影響を与えていると推定される。京都のエ房に細かな注文を出すのが困難になり,やむなく,試作的に個人的商品を制作させていた長崎の漆器工房に依頼が向いたのではないだろうか。好都合なことに,長崎の地は,洋風表現という点で最も先進的都市であったわけである。この地には螺細装飾の伝統も存在していた。それが,ガラス絵風に貝を用い,伏彩色(螺鉦の内側に行う彩色)を施して西洋画のスタイルで人物像を表現するという全く新しい漆工を生みキュリオ図9図8部分図10螺細其扇肖像図盆子(重文)長崎市立博物館蔵--219--
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