鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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展覧会カタログ(W.ジョーダン)が,(I)を補完するものとして有効である。これらは基本的に,作品署名の存在を手掛かりとして帰属を決定していると判断される。(III)今回の作品調査を通じて,真筆と思われる作品署名を有し,しかも相当程度の画質を獲得しながら,色彩,光,筆致のレヴェルで,いわゆる「基準作」とは幾分異なった要素を含むものが少なくないとの認識を深めた。例えば,マドリード,サン・フェルナンド・アカデミー美術館の作例(所蔵番号1173),マドリード,スペイン銀行所蔵<食物貯蔵棚>(ペレス・サンチェス,カタログ番号No.24)などである。(IV)ファン・デル・アーメンの死後,アトリエに残されていた絵画の査定時に作成された目録には,菓子類と果物を主体とした作品に限っても,「ほぼ完成状態の,砂糖菓子とチョコレートの絵」「粗描き状態の,果物の小さな絵12点」など,総数49点にも及ぶ作品が記録されており,大規模な工房が存在していたと推定される。(III)を勘案するならば,その工房は1621-23年の段階で,相当規模に拡張されていた可能性があると判断せざ‘るをえないとの結論に達した。(V) (III)は直筆署名の存在が,必ずしも「真作」の根拠とはならぬことを意味し,署名を有しながらも,語の真正な意味における「エ房作」に該当する作例の存在が少なくない可能性を示すものである。しかしながら,これはファン・デル・アーメンの様式上の「基準作」の確定基準さえ相対的であることと表裏をなしているのであり,リゴリスティックな様式判断による「真作」確定の作業は不毛であろう。むしろ(III)を含めて,画家の作品世界の拡がりを検討することこそ重要と思われる。以上の考察を前提に,主に作品署名の存在と来歴を重視し,現段階において帰属を認定しうると判断される作品は以下の通りである(J.の略号は1968年のw.ジョーダンの作品カタログ,P.S.の略号は1983年のペレス・サンチェスの作品カタログを意味する)。1)<果物と猟鳥のある静物>0.60 X 0. 95m マドリード,個人蔵(P.S.No.19)署名と1621の年記2)<菓子箱のある静物>0.375 XO.49m グラナダ美術館(同美術館カタログNo.20)-229-

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