(1) 小玉貞晨「シュト打ちの図」(個人蔵)そ描くことができたものであり,落款にみる松前生や松前住の文字からは,松前に生きる貞良の心意気のようなものが伝わってくる。松前藩政下の美術文化については,これまで蠣崎波響が中心に語られてきた感があるが,江戸期の松前,江差の文化状況を背景に活躍した小玉貞良を,その時代と地域を象徴する絵師として位置づけてもよいと思われる。さて,筆者は,これまで貞良の作品調査を「松前・江差屏風」,「蝦夷風俗画巻」を中心に進めてきたが(註3'註4)'その中で躊躇せざるをえなかったのは,貞良の落款のある作品でありながら,落款,作品の描写とも筆致に差異がみられることである。貞良の作品には,「竜圃斎貞良行年七十二翁」と落款のある作品があり,制作年代の違いによる作風の変化があることは十分に考えられる。しかし,貞良の作品であるということの根拠は落款のみで,それを傍証づける資料がないため,慎重な考察が必要であろう。貞良の落款がありながら貞良以外の手によるものとすれば,それは,忠実な模写か貞良周辺の絵師によるものと考えられる。永田富智氏は,松前町史の中で,小玉貞晨という絵師と,貞晨筆の「蝦夷国魚場風俗図巻」を紹介し,貞晨を貞良の息子か弟子であろうとしている。さらに,貞晨と貞良の筆致が酷似していることをあげて,これまで貞良筆といわれているものも,貞晨の可能性があることを指摘している(註5)。永田氏によって紹介された貞晨の「蝦夷国魚場風俗図巻」は,その後の所在がつかめず調査する機会を得られずにいたものであるが,このたび,筆者は,この「蝦夷国魚場風俗図巻」と,もう一点の貞晨の作品を調査することができた。以下,その2点の調査報告をするとともに,貞良と貞晨をめぐって若干の考察を加えたい。軸装。紙本着色。朱文瓢形の印章と白文方印の印章が押されており印文はそれぞれ「貞晨」と「小玉氏」である。署名はない。中央縦に折っていた跡がある。本紙寸法は,36.2X52.5,軸寸法は,129.5X 71.0である。来歴は不明である。図様は,アイヌ風俗画では,多く見られるシュト打ちの場面である。貞良の「蝦夷風俗画巻」(児玉マリ氏蔵)にも,同様の場面が描かれており,貞良系の写本にもよくみられる場面である。貞晨が,貞良の作品を模写していることは明らかであるが,筆致も,かなり貞良に-236-
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