⑩ 台密系両部曼荼羅の研究研究者:早稲田大学非常勤講師松原智美台密系寺院に伝来した両部曼荼羅には,空海(774■835)の請来本を祖本とする所謂現図系とは図様を異にするものがある。現図系との相違点は諸本間で必ずしも一様ではないが,その多くはやはり円仁(794■864)または円珍(814■891)の請来本,あるいは彼らが制作に関与した作品に由来するものと考えられている。平安前期にさかのぼる台密系の遺品は残念ながら見出し得ないが,文献史料には断片的ながらも円仁や円珍に結びつく作品が散見され,それらと遺品との総合的な考察によって,台密系の特徴とされる諸要素が何に由来し,いかなる系譜に位置づけられるかを,いくらかなりとも明らかにすることができよう。ここでは台密系両部曼荼羅の特徴のうち,とくに胎蔵図の中台八葉院における四仏の問題をとりあげ,現時点での研究成果を報告する。中台八葉院の八葉蓮上に配される四仏の尊名は,『大日経』入秘密漫荼羅位品第十三(大正蔵18)にしたがって東(上方)宝瞳,南(向かって右)開敷華王,西(下方)無量痔,北(向かって左)鼓音とされている。各々の印相は現図系の場合,次のごとくである。く東>右手=屈腎して体側にさしのべ,掌を仰むけて五指をのばし,指先を外に向ける(以下,体側仰掌とする)左手=胸前で衣の端を握るく南>右手=胸前で掌を仰むけ,五指をのばして指先を前方に向ける(以下,胸前仰掌とする)左手=胸前で衣の端を握るく西>両手の第3• 4 • 5指を交叉し,第2指を屈して指の背を合わせ立て,その指先と第1指の先とを合わせ,腹前に構える(力端定印)く北>右手=五指をのばし,掌を伏せて右膝前に垂下する(触地印)左手=腹前で拳を握り仰むける台密系の彩画遺品である四天王寺本・太山寺本・園養寺本では,南方と西方は現図系と同じだが,東方が触地,北方が体側仰掌となり,北方仏と東方仏の座位を交換したように描かれている(寛永寺本も同様とされるが未確認)。また芦浦観音寺本は剥落のために東方仏と西方仏の像容が不明だが,北方仏が体側仰掌,南方仏が胸前仰掌に描かれており,西方仏は諸本を通じて力端定印であることから,東方仏は触地印であ-240-
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