で,線は例え閉じた領域を明瞭に区画している時であっても,その面の輪郭線という機能には収まりきらない。要素AとBが重なる場合に輪郭線が中断してしまうことなく透明に浸透し合うのも,クレーの場合についてのみ言えば,ABの前後関係を保留してしまうためというよりも,むしろABそれぞれの輪郭線の自由な運動の流れを妨げることなく開放してやるため,と言えるだろう。カンディンスキー晩年のパリ時代(1934■44年)において,透明な浸透の手法は益々徹底される。この時期のパリの美術界は比較的停滞しており,カンディンスキーもそれ以前のような表だった組織的活動への参加をせず制作のみに打ち込んだ。けれどもこの時期のマッソン,ミロといったシュールレアリスムの系統の画家やピカソの画面において,ここ迄見てきた透明な浸透のヴィジョンが現れていることは注目に値する。事はもはやいわゆる抽象絵画の問題にとどまることなく具象的なイメージをも包括することになる。絵画に対する側の様々な態度の違いとは無関係に,絵画の側に潜在する時代的共通項の表徴として,あるいは近代に固有の視覚体験への絵画の反応としてこれらの細部を観察し,検討することの重要性が再認識される。-262-
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