② フランス・プレ・ロマン主義およびロマン主義における風景画研究者:国立西洋美術館学芸課主任研究官高橋明也ルネッサンス以降の近代世界における風景画の発達は,西洋絵画史の興味深いテーマのひとつである。その中で,このジャンルが真に独立したジャンルとなった19世紀フランス絵画の占める位置は,17世紀オランダ風景画と同様もしくはそれ以上に重要であろう。しかしながらこの領域において,1830年の世代のバルビゾン派や1860年代以降の印象派の画家たちの作品に関する情報は比較的多く,また研究も進みつつあるが,その一方,プッサンやガスパール・デュゲ,クロード・ジュレらの17世紀古典主義絵画から印象派に至る風景表現の発展は必ずしも明瞭に示されているとは言い難い。サロン,あるいはローマ賞における歴史的風景画の登場など,制度および美学的側面からのアプローチが示されることはあるにせよ,実際に眼にすることの少ない,革命期から王政復古期にかけての風景表現の実際を知る機会はきわめて稀であった。近年,比較的まとまった数の作品を概観することができた代表的な例としては『ドラクロワとフランス・ロマン主義展』(1989年・東京国立西洋美術館,名古屋市立美術館),『ダヴィッドからドラクロワまで』(1974■75,パリ,デトロイト,ニューヨーク)等の展覧会が挙げられるが,少くとも我が国においては,僅かな例外を除いて公開されているコレクションに収蔵,展示されている作品はほとんど無い。また海外においても,最も豊かと思われるルーブル美術館絵画部のコレクションでさえも,ドラクロワ,ジェリコー,コローをはじめとする幾人かの著名作家の作品を除けばこの時期の作例には乏しい。ヴァランシェンヌやミシャロンなどの新古典主義系統の風景画家たち,イザベー,ュエ,グダンやジョルジュ・ミッシェルらのロマン主義系統の風景画家たち,また,テオドール・アリニーら,1840年代の復古主義的風景画家たちはいずれも,カタログ・レゾネが編まれるどころか,作品の所在さえ満足に調査されていないのが現状である。そこで本研究においては,ひとつの足がかりとして,石版画による作品集『古きフランスのピトレスクでロマンティックな旅』(以下,『ヴォワイヤージュ・ピトレスク』と記す)を調査・検討の対象として採りあげることを試みた。軍人・外交官として活躍し,国立美術館総監督官をはじめとするさまざまな官職に就いたイジドール・テイラー男爵(1789-1879)は自ら文章や絵も手かける文化人であった。その彼を中心に,―-267-
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