⑤ 能装束の意匠構成について一旧加賀藩前田家の伝世品から一品を調査する機会に恵まれ,一部は既に野村美術館紀要•第二号に発表させていただ研究者:学習院大学大学院研究生正田夏子現代に限らず,演能に用いる役者の衣装を‘‘能装束”といい,能が式楽とされた江戸時代においては各大名家が競って豪華な能装束を作らせている。幕府の奨励政策の後ろ盾もあり,この能装束の発展がそのまま江戸時代の日本の染織技術の発展となったといってもよいほどである。現在,江戸時代の能装束のコレクションは美術館・博物館に所蔵され,染織の貰重な研究資料としてその姿をとどめているが,小袖や打掛と異なる点は,それらがいわゆる実用の衣装ではなく,かっては様々な物語を表現するのに使われた‘‘舞台衣装”という点である。一枚の能装束を見るときに,その装束のもつ華麗さの中には,必ず役どころの演出が包含されているのである。今回の調査の目的はこの装束の意匠表現という点にスポットをあて,装束そのものの調査に止まらず,当時の型付けや小道具,演能の様子を写した風俗画・能画などを調べることによって,能装束のもつデザインをより具体的な形で時代性をもって整理することにあった。まず,過去の所有者,その能装束を製作した人物が明確な能装束を調査する必要があったが,図らずも京都の野村美術館において1日加賀藩前田家の蔵いた。この調査をきっかけに現在,彦根城博物館,石川県立美術館のコレクションとなっている一連の前田家旧蔵品を調査し,畳紙から墨書一覧を書き起こした(資料1)。さらに,既刊の資料も加えて,調査を行った装束からその年次の分かるものを集め,墨書年次年表(資料2)を作成した。資料2の年表からも理解されるように,能の奨励に極めて熱心であった江戸末期の藩主,12代前田斎広・13代斎泰の影響からか,それらの能装束のはとんどが江戸後期の作風と考えられるもので,実際に調査した畳紙にある年次も今のところすべてが文化年間から幕末のものであった。これらのものは,前田家が明治初年に東京へ移る際に行った競売や,大正14年から昭和にかけて行った売り立てから前田家の能装束が一般の手にわたったと考えられている。資料3からも理解されるように,前田家1B蔵品の大きな特徴は,畳紙の表書きに装束の名称および製作年次,製作理由などが墨書から理解される点である。染織美術の研究においては,製作年次が明確な資料は大変貴重であるが,年次のみならず,当時,-30 -
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