⑧ J. A. D.アングルとダヴィッド派の藝術的関係に関する研究研究者:東北大学大学院文学研究科博士課程阿部成樹アングルは,ダヴィッドのアトリエ入門からイタリア留学頃までの初期画業において,『リヴィエール氏』の近代的なレアリスム,『玉座のナポレオン一世』の北方的な細密描写,『傷ついたヴェヌス』のアルカイスムのように注目すべき様式的多様性を示している。これを従来のように,西洋美術史の様々な遺産の幅広い研究の成果として解釈することも可能である。しかし,アングルは過去の作品の研究に孤独に沈潜していた訳ではなかった。そうした歴史主義的な研究態度自体,同時代の新古典主義思潮への共感であることも確かなのである。さらに,19世紀の幕開けに当たり,サロン展はいよいよ多数者による多数者のための展覧会と化しつつあり,そこに見られる同時代美術のパノラマは,一つの様式的傾向に塗り潰されていた訳ではなかった。こうした背景を考えると,上述の多様性はアングルが同時代の藝術家たちから直接間接に受けた示唆をも反映していると考えられる。そこで今回,筆者は特にアングルと彼が所属していたダヴィッド派の画家たちとの藝術的関係について,文献・作品両面からの検討を試みた。アングルはこれらの身近な同僚たちの完成作品ばかりでなく,その制作態度自体も観察することが出来た筈である。またダヴィッド派の画家たちの藝術的多様性にも注目せねばならない。師としてのダヴィッドは弟子たちの素質に寛容であり,実際彼らはほとんど一人として師の様式をそのまま受け継がず,各人が個性的なやり方でそれを発展・変質させたからである。具体的な検討の方法としては,まず文献資料によって藝術家相互の伝記的関係を明らかにする必要がある。幸い,ダヴィッド派の藝術家たちの書簡が公刊・未公刊合わせてかなり残っており,回想その他の資料と共に基本的文献をなしている。これらの文献資料はまた,藝術家たちの理論的立場を比較する際の資料にもなる。次に様式的・図像的比較もなされねばならないが,彼らの作品については,未だアングルを除いて作品カタログの出版をほとんど見ない。初期の伝記作者による作品リスト,売り立て目録,サロン展カタログを参照しつつ,各美術館に散逸する油彩画,習作をあたる他はない。こうした理由で,この調査研究はフランスで行われた。ダヴィッドの流派は,1784年頃までには形成され始めていたらしい。初期の伝記作-54 -
元のページ ../index.html#61