鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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ける鏡の利用によって,ジェラールは空間にニュアンスを持たせ,区分し,独特な奥行きを与えている。これはダヴィッド作品が示す箱型の線遠近法的空間もしくは,モノトーンな背景を持つ抽象的空間を脱却したものである。ジェラール的な空間処理は,アングルの『第一執政官ボナパルト』における窓と室内空間,『アンリ四世の剣に接吻するドン・ペドロ』の建築モチーフ,『スノンヌ夫人』等における鏡などに受けつがれ,さらに非一線遠近法的空間表象の問題はアングルにとって晩年の『トルコ風呂』まで主要な問題の一つであり続けたように思われる。またジェラールに帰されるデッサンの1点(ブザンソン)は,明らかにアングルが『トルコ風呂』に用いた版画と同じものを写しており,二人のオリエンタリスムの共通点も注目される。グロとアングルの関係で注目されるのは,それぞれの画派の領袖としての二人の対立である。これはグロの弟子であったフェロッジオがファーブルに宛てた多くの書簡に窺うことができる。そのアングル派への批判を分析すると,グロの流派のアカデミックな立場と,アングル派のむしろ革新的な立場が浮き彫りにされる。以下アングルと同世代の画家たちについても同様に検討せねばならないが,報告者の研究自体現在進行中であり,また紙幅の関係もあり省略する。現在の仮定的結論として,アングルはダヴィッドの基本的な制作態度,特にその自然主義的立場を受け継ぎつつ,一方で他の同僚たちの非ーダヴィッド的な傾向を敏感に取り入れることによって,師のみならず他の画家たちの模倣者たることを免れたのではないかと考えている。今後さらに研究の充実を期してアングル藝術の生成に関するダヴィッド派の役割を明らかにして行きたい。-57 -

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