鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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ー64-清夏図巻」(ボストン美術館蔵)は「江を挟んだ汀渚」を単位とする空間表現の繰り返しであり,「秋塘図」に見られる空間を一つの単位とし反復を繰り返しつつ接合させたものと考えられる。これは北宋前期の江南出身の詩画僧である僧恵崇の画における「寒汀遠渚」(郭若虚『図画見聞志』巻四)にも通じよう。次に「秋塘図」における着彩法を見ると,水辺の鴨を丹・胡粉・墨で,飛鵠を水墨で描き出している。つまり,十三羽の鴨は全て左手の柳より前に居り,最前に位置する鶉は柳の上に止まり,後方の鵠ほど淡墨で描かれている。これによって画面右上へ奥行が示されている。ここで比較したいのは,趙令穣画を学んだという説もある(掲侯斯『掲文安公詩集』巻三「題集賢殿趙待制贈黎使君羅稚川所画秋薦群贋図」)元代李郭派の羅稚川である。例えば,羅稚川「雪江図」(東京国立博物館蔵)では江を挟んだ汀渚が描かれ,近景の雉などは着彩し,飛鵜には濃・淡墨を用いており,構成及び彩色の扱いの点で趙令穣画と共通する。この比較から,趙令穣画には狭い振幅ながらこうした対比・使い分けの萌芽が見られ,少なくも後代にはそのように理解された,と見倣せよう。このように,彩色を用いた画面左の柳より前景は,一本の樹木,葉・幹・枝が視覚的に感じとれる領域を示す。画面最前景の小樹には褐色で彩られた枯葉が見える。これに対して,小江を挟んでやや奥に位置する画面右の樹木群は,葉叢と葉叢が接し,樹木一本一本は認識し得るが樹叢として柳に比べ樹木のディテールを失いつつあり,それよりもその一群の重なりが示す奥行への指向を見て取ることができる。このような変化の相を画面に定着させた典型的な作例は江南画,例えば,伝董源「寒林重汀図」(黒川古文化研究所蔵)に求められる。江南の水郷風景を描くこの画では,前景では一本の樹木においても葉・幹・枝が晩照の中に映じる様を,中景では重なる樹叢を,さらにその向こうには一本一本のアウトラインが捉えることのできぬテクスチャーとして無限に続く様を連続して,色の明度を墨の濃淡に還元して描き出している。又,前景のみに登場する画中人物は着彩で精妙に描かれている。これと比較すれば,「秋塘図」では地平線がやや低く画面の三分の二ぐらいの高さに設定され,最遠景の表現が見えず,近・中距離景にその景観が絞られ,又,近距離景における彩色は抑制されているということになる。つまり,その意味で雲霞を挟んで近距離景と中距離景の両者の表現を相互に接近させているのである。又,近距離景と中距離景の両者を繋ぐように存在する雲霞は伝展子虔「遊春図」(北京故宮博物院蔵)や東寺旧蔵「山水屏風」(京都国立博物館蔵)などに認められ,唐代

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