註では巻の展開に変化を加えるため巻中程で向こう岸に樹叢・雲煙に溶けこまない樹木や茅屋を混在させているが,雲煙の効果は「秋塘図」のそれと一致している。南宋絵画への影響という点では,江を挟んだ汀渚は「辺角の景」に収倣されることになる対角線の発見にも寄与したであろう。モティーフの点でも類似が明白なものでは馬麟「芳春雨孵図」(台北故宮博物院蔵)がある。複雑に絡み合う樹木がより前に位置し,雲煙の向こうは水墨で樹叢として描かれている。水辺に泳ぐ鴨の色彩の扱いも趙令穣と共通する。又,伝馬和之「毛詩大雅蕩之什図巻」(藤井斉成会蔵)の「楳高」は趙令穣風の樹叢が前景に見えるが,遠山の山容が画面の中心に据えられており,中距離景と最遠景表現が結びついた格好である。趙令穣風の樹叢は画面下方(前方)に位置し,観賞者の視点が遠距離にあることを示している。このように,趙令穣は後代の「小景」イメージの一つの規範となり,又,単純化の進む南宋絵画に多くの影響を及ぼしたと言えよう。趙令穣の「小画面」で展開される,済色と水墨,近距離景と中距離景,樹木と樹叢の間の微妙な振幅がより明確な形で様々に別れ,後代に継承されていく。その趙令穣の史的位置を最もよく表す画の一つが伝趙令穣「秋塘図」なのである。(1)小川裕充「江南山水画の空間表現について際交流美術史研究会第二回シンポジアム報告書アジアにおける山水表現について』昭和五九年三月国際交流美術史研究会発行所収)(2) 小川裕充「雲山図論—米友仁『雲山図巻』(クリーヴランド美術館)について」『東京大学東洋文化研究所紀要』第八六冊昭和五六年ー一月董源・巨然・米友仁」(『国-66-
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