鹿島美術研究 年報第10号別冊(1993)
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⑭ 中国越州窯初期青磁の研究研究者:大阪市立東洋陶磁美術館主任学芸員出川哲朗中国の後漢から三国・両晋・南朝にいたる越州窯は浙江省の北部を中心に広がっていて,日本では古越磁ともよばれている。後漢時代の窯は浙江省の上虞,寧波,永嘉などにみられ,三国から西晋になると,紹興を中心に浙江省北部一帯から江蘇省宜興にかけて広がって行った。越州窯と言えば,唐から五代,北宋のものを思い浮かべることが多いが,越州窯の地で初期の青磁から次第に発展していく過程を見ることができる。近年,おびただしい数の青磁が六朝墓の発掘報告書に報告されている。そして,これまで古越磁として取り扱われてきた青磁の全体像を展望することができるようになってきた。本研究では,出土報告と実際の作例を通して初期青磁の造形を解明しようとするものである。特に,3世紀後半の西晋時代には著しい展開がみられる。それらの出土分布は浙江省,江蘇省,福建省,広東省をはじめ湖南省,河南省,など広い範囲にわたっている。古越磁の窯は浙江省の徳清窯,上董窯,九巌窯,江蘇省の宜興均山窯など越窯だけではなく,広い意味で,浙江省をはじめ,福建省福州窯などの越州窯系の窯を含んだものと考えられている。つまり,古越磁は1世紀から6世紀にかけての江南の窯で生産されたと思われる青磁ということである。初期の本格的な青磁としての位置付けはもとより,その多様な造形についても注目すべき点がある。青磁の出現は殷代前期の灰釉に始まると言われ,原始青磁とも呼ばれている。これを青磁の発展の第一段階とすれば,春秋時代になるとさらに発展して第二段階の青磁である早期青磁が焼成されるようになる。春秋時代の江蘇省鎮江や浙江省徳清からの出土,あるいは浙江省紹興一帯の戦国墓から出土しているような青銅器を模倣したものが多く見られる。また漢代に陶磁器の生産はさらに発展し,後漢時代には本格的な青磁の生産が開始される。これが第三段階である。浙江・江蘇・安徽などの後漢墓から口のまっすぐな四耳壷が出土し,これらの青磁の壷と同類のものが浙江省上虞・寧波や永嘉などの後漢窯址から発見されている。浙江省はこれらの青磁の生産を常にパイオニアとしてになってきているのである。この本格的な青磁の誕生をうけて,古越磁の展開がみられるのである。しかもこの青磁の造形も従来の漆器や金属器あるいは-87 -

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