向き,独鈷杵を持った右第四手は,上腕が,肩から横へ延び,肘をほぼ直角に持ち上げた形で,三叉戟を持った左第四手と対称となるように描かれている。絵巻の降三世明王も,頭はやはり,やや右に向いており,持物は,省略されているのか,異なっているのか不詳ながら,左右第四手の持ち上げ方は,円心筆様の特徴に近似している。ちなみに,東寺本では,頭はやや向かって右を向いているが,右第四手は,大師御筆様に近い。軍荼利明王では,大師御筆様は,頭が正面を向き,膝を持ち上げた左足に,踏み割り蓮華がぴったりとつき,まるで蓮華が宙に浮いたように描かれているが,円心筆様では,左足と蓮華は,離れており,左足を高く蹴上げた姿になっている。この図様は,東寺本,絵巻の両方ともに見られるものである。このように,絵巻の五大腺像と,円心筆様との近似性を見てきたが,また明らかに,円心筆様と異なる面も見いだ・せる。金剛夜叉明王では,頭がやや向かって左に向いている点は,同じだが,円心筆様では,蹴りあげた左足が右膝に添うように,内側に引き寄せられているが,絵巻の方では,左足は向かって右へ蹴上げられ,外へ開いた形となっている。この,左足が外へ開いた形は,『別雌雑記』の別の金剛夜叉明王にもみられ,また東寺本もこの形をとっている。円心筆様に忠実な,醍醐寺五大尊像の金剛夜叉明王は,やはり内側に引き寄せられたスタイルをとっており,むしろこれは,円心筆様独特の図様と考えて良かろう。絵巻の五大尊が,必ずしも円心筆様そのものでないことは,これから了解される。さて,ここで,若干,触れておきたいのは,絵巻の五大尊像の中の特殊性である。絵巻の五大尊の持物は,前述のように,不明な点が多く,描き落とし,誤写があることは間違いない。しかし,誤写と断定するには,やや躊躇せぎるを得ないものがある。それは,金剛夜叉明王の左第三手の三鈷戟である。大師御筆様や,円心筆様では,すべて手首をかえして,掌を上にし,輪宝を捧げ持っているのに対して,絵巻の方では,はっきりと火炎光の外に延びた三鈷戟が描かれ,左第三手は,三叉戟の柄の部分を握っているのである。注目されるのは,台密で,金剛夜叉明王に対応する烏魏沙摩明王の図像である。東寺観智院蔵の『烏蜀沙摩明王図像』に「或本四腎像Jとして収められている烏葛沙摩明王は,連華座に座し,右第一手に索,右第二手に剣,左第一手に宝棒,左第二手に三鈷戟をとっている。高く持ち上げられた,この左第二手と,絵巻の金剛夜叉明王の-119-
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