鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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とく悪魔に連れ去られる金持ちの魂〉が描かれている。テキスト6,10, 11節からも連想された信仰を守る人と富に溺れる人の対比が,<悪しき金持ちと貧者ラザロの醤え〉を喚起させる説話表現に発展している。また善き夫婦の行いは,次に紹介する88篇とも関連する。88篇〔図2〕にはく慈愛の7つの行い〉が描かれている。上段にはく貧者に給仕する慈愛〉,<病人を見舞う慈愛〉,<囚人に葡萄酒を与える慈愛〉,<旅人を迎えてもてなす慈愛〉が,下段にはく貧者に衣を与える慈愛〉,<捕虜の身代金を払う慈愛〉,<死者を納棺する慈愛〉が描かれている。いずれの場面も,慈愛の女性擬人像が積極的に様々な奉仕を行っている。この主題はマタイ伝25章35,36節に基づき,12世紀以降盛んに表現されるようになった。福音書には食事,飲物,旅人の宿,衣服,病人と囚人の慰問という6つの行為が列挙されているが,更に死者の弔いが加えられて7つの行為になる。例えばパルマの洗礼堂西扉口左側柱浮彫(12世紀末)には,上から衣,囚人,飲物,食事,病人,巡礼(旅人)の場面が6枚のパネルに表現されている。一方15世紀には慈愛に見立てられたヨークのマーガレットが,貧者に施し,食物や衣類を与え,旅人を迎え,囚人と病人を訪れ,埋葬に立ち会っている(注6)。84篇の挿絵もこの図像の系譜に属するのは確かだが,下段の捕虜の身代金の場面は,現時点では類例が見当たらない。異国の王の姿が明らかに黒人(ムーア人?)として描かれているのは,カタロニアという地域性のあらわれであろうか。尚,既にシアーズが紹介した89篇はく人生の7段階〉を描いている。同じ主題が,先に言及したパルマ洗礼堂西扉口右側図2BN8846 88篇(f.156v)-158-

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