13世紀以降,写本テキストの種類は膨大になり,それに伴って図像の種類も作例もこのように46点の挿絵の一部を概観すると,テキストの章句そのものよりも,その喚起するテーマが主題選択の鍵になっていることが確認できた。14世紀の画家は旧約・新約などの説話図像ばかりか,風俗画的なモチーフに至るまで豊富なレパートリーを駆使して制作に臨んでいた。祭壇画制作との関係やモデルブックの使用など,豊富な源泉を使い得る環境だったことは間違いないであろう。殊に聖書挿絵以外にはあまり例のないくアマレク人との戦い〉やくヨッパの幻視〉が登場している点は,注目に値する。おわりに連続したり,対比的に並べられたり,時にはタイポロジカルな主題に置き換えられる説話図像の扱いは,後半部挿絵の構造を探る手掛かりとなるだろう。各コマの主題は単にテキストを反映するだけではなく,物語の流れによって相互に繋がりを生じさせている。こうした説話が生み出す時間的な流れと,ユトレヒト詩篇の伝統を残すテキストに密着した主題とが挿絵の構造を複雑にしている。複数の場面から成り立つ説話表現は,ユトレヒト詩篇には殆ど見出だされなかった。しかし山並みや河などの風景表現に散らされたモチーフは,微妙な位置関係によって相互に結び付いているように思われる。BN8846前半部で初めのうちはコピーされていた土破が,水平帯に代わり,画面構成が矩形を基本とするようになったとき,原本の画面構造は画家にとって既に理解し難くなっていたのであろう。そして矩形のコマは,左から右,上から下と規則的に読み進む説話表現にふさわしい。これまで確認してきたように,14世紀の部分には主題の重複は見られず,その配列は入念にプログラムされている。各場面のアトリビューションを丁寧に行うのは言うまでもなく,更に後半部全体を貫くテーマが何であるのかを考察しなければならない。研究者は以前ユトレヒト詩篇の最初のコピーであるハーレー603番後半部の分析を行い,アングロ・サクソンの画家がユトレヒト詩篇挿絵の「文法」を利用しながら,独自の文脈を備えた挿絵を作り出したことを確認した(注8)。BN8846後半部にも同様のアプローチを試みることは,有意義なものとなるだろう。現段階では結論を差し控えたいが,この部分が何らかの意図を以て考案されたことは確かであろう。簡単に把握できないほど増加している。本報告では特に触れなかったが,聖人伝図像-161-
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