ロ径30cmほどの胎・釉共に嘉靖年間の作としては上質の盤である。見込み一面に波⑩東京国立博物館蔵水禽図盤陰刻「大明嘉靖年製」,赤絵「福」銘口径29.3cm文,高台内に「大明嘉靖年製」銘が陰刻されている。その上から見込みに水禽図,高台内には大きく「福」字銘が赤絵で描かれている。処々に焼成時の割れがあり,その部分は緑釉を点じて覆っている。このような仕方から,或いは一次焼成時の傷を理由に官窯製品として納めるべきを流用したのかとも推測される。⑩もまた「古赤絵」の一つの典型であり類品は多い。赤を主体に緑と黄を使って文様を描く点,釉調や筆致などは⑦〜⑨と共通する。しかし,文様の構図に大きな差異ヵゞある。見込みには,白抜きの蓮花をはめ込んだ真赤な鋸歯文を蓮池水禽図の周り,つまり内側面に放射状に配している。これは元代以来の伝統的な文様配置である「何本かの界線で区切られた平行な文様帯の重なり」とは違って,文様帯を斜めに大きく分断する斬新な文様配置と言える。塗りつめられた赤の色と結合して強烈な印象を与える。その上,鋸歯文の余白は3種類の細かな文様で埋められており,この盤には余白が残されていない。平行な文様帯によらない文様配置,白抜き文様,余白を残さず文様で全体を埋めつくすといった特徴を持つ⑩関連の赤絵の例は多いが,大和文華館蔵牡丹唐草文鉢「大朗宣徳年製」(尚,この款銘は仮託年款である)は典型作の一つである。見込み中央に緑白抜きの牡丹文,内側面はI嬰塔文をはめ込んだ鋸歯文を放射状に配し,鋸歯文外側は格子文と赤白抜き花文を交互に配している。外側面は菱形の窓を緑で塗りつめ,赤の組紐文を配し,窓の外側は赤で塗りつめて白抜き蓮花文を廻らしている。三角(鋸歯文),円(唐草の円弧や中央見込みの円),菱形(窓)といった明瞭な幾何学形を組み込むことによって,大量の色彩と文様を混乱なく投入し,より強烈な装飾効果をあげている。⑨以前の赤絵の文様及びその配置は同時代の青花と大きく異なることはないが,⑩のグループは青花には見られない,色彩効果を考慮に入れた赤絵独自の文様形式と言えよう。この点で⑩は⑨以前の赤絵を超えた新しい赤絵と言える。また,細かな文様と赤で器全体を覆い,白抜き文様や窓絵を多様するといった特徴は,金襴手に共通する。以上の点から,⑩こそは嘉靖年間の代表的な赤絵の様式であると考えた"ヽ。-183-
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