⑳ ピエトロ・ダ・コルトーナと17世紀ローマ絵画に関する研究研究者:福岡大学人文学部助教授浦上雅司「ピエトロ・ダ・コルトーナと1620年代ローマ風景画」1.はじめにピエトロ・ダ・コルトーナ(1596-1669)は,17世紀のローマで発達した,豪華で壮大な室内装飾の完成者として知られている。この画家の代表作として一般に挙げられるのは,1630年代の作,バルベリーニ宮殿大広間の天井フレスコ画『神の摂理とバルベリーニ家の栄光』や,1640年代にフィレンツェのピッティ宮殿で手掛けた,いわゆる『惑星の諸間(Saledei Pianeti)」の装飾等である。彼は晩年に至っても,ローマのサンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ聖堂の内部装飾フレスコ画や,ナヴォーナ広場に面して建つパンフィーリ宮殿ギャラリーの天井フレスコ画制作に従事するなど,大規模装飾絵画分野の第一人者として生涯を送った。このような経歴,また,彼の室内装飾が,特に祉俗建築の分野においては18世紀に至るまで大きな影轡を与えたことを念頭におけば,コルトーナが何よりも先ず,大規模な窒内装飾の画家として17世紀ローマの美術史に位置づけられることも不自然などころか,むしろ当然のことと言えるだろう(注1)。もちろん,コルトーナはこうした大掛かりな仕事だけを行なったわけではない。彼は,サン・ピエトロ大聖堂内のものなど,重要な祭壇画を含む宗教画や,古代の神話や歴史に想を得た絵画も多数描いた他,肖像画家としても佳作を多く制作した。彼が建築の設計も手掛け,この分野でも名声を博したことも付け加えておかねばならない(注2)。しかし,いずれにしてもコルトーナが,ルネサンス以米イタリアの画家たちにとって最も重要でやりがいのある仕事と見なされていた「歴史画」と,公共性の高い室内装飾画の巨匠だったことは疑いない。当然のことながら,同時代に著述された彼の伝記はもちろん,最近の研究でも,主として彼の歴史画家,室内装飾画家としての側面に光りを当ててきた。他方,ピエトロ・ダ・コルトーナの風景画が正面切って論じられることはほとんど無かった(注3)。その最大の原因は上記のような事情にあるが,同時に,彼の風景画制作が1620年代にまとまって行なわれており,比較的短期間しかこの分野に手を染め-185-
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