鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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3.コルトーナの風景画の多様性かれたものと認められる。また,カステル・フザーノの別邸は,1624年から建築が開始され,1626年から1630年にかけてコルトーナがその室内装飾を手掛けている。それ故にE)もやはり1620年代後半に描かれたものと考えて差しつかえない。またF)は,同別邸の礼拝堂にフレスコで描かれた場面とほぼ同一の構図であり,大きさからして,そのひな形であると考えられている(注7)。そうだとすれば,やはり1620年代後半の作品ということになろう。G)も,背景は異なっているが,主題はもちろん,前景のキリストおよびペテロとアンデレの配置も同様であり,F)や,カステル・フザーノの同場面との結び付きを感じさせる。ただし画面の大きさやモチーフの多様さ,構成の複雑さなどは,より後の作品であることを暗示している。残るD)は,年代を限定する手掛かりもないが,ライスも指摘するように,左手前景に斜めの木を配し右手後方に山を描く全体構成,古代神殿を配し,かつキリスト教の教会をも画面に描き込み,異教古代と対比させている点など,F)と共通する要素も多く,ほぼ同じ時期の作品かと思わせる。これらの作品は,それぞれ主題および表現上の特質によって,分類することが可能である。例えばE)〔図5〕はサケッティ家がオスティア近郊に建てた別邸とその周囲の領地を描いたものである。前景と小舟と運河,背景にティレニア海の情景を配し,俯眼的に見られた,整然と区画されたサケッティ家の領地の中央部に,新築なった別邸を正面から捉えている。このように正面から眺めた建築を描写し,その領地を比較的忠実に細部まで描き込んだ景観図は,16世紀の末に,ジュスト・ウーテンスがトスカーナ大公のために描いた一連のメディチ家別邸の景観図(注8)を想起させる。サケッティ家はフィレンツェの出身であり,また絵の機能が同じことからしても,ウーテンスの作品が参考にされたことも想像される。この作品は厳格に構成されており,僅かに画面に変化を与えているのは,空の雲と雲間から降り注ぐ陽光くらいであるが,ウーテンスの先例がより地図に近い視点および表現の作品であるのと比較すると,より絵画的な,奥行きを感じさせる視点から画面の全体が統一されており,広々とした開放的な印象を醸し出してる。手前の運河に-187-

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