鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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山や水,木々や動物,人物や建物などを含む完全な風景(paeseperfetto con elementi, arbori, animali, huomini et edificij)の3種類である。こうしたマンチーニの分類は,明らかに,当時としては一般的だった,主題による絵画の分類と格付けの原則に沿っており,それを風景画に適用して細分化したものといえよう(注29)。彼は,この分類に続けて,完全な風景画がどのように構成されなくてはならないかを論じている。それによれば,風景画の目的は,風景を楽しみ,また想像力を発揮することによって目を和ませることにある。そして,このためには,前景,中景そして背景のそれぞれに様々な事物が描かれる必要がある。前景には,木々や動物,建物などが細部まで表現されていることが求められる。中景は,目や想像力をリフレッシュさせるべく,細かな事物ではなく,町や山脈,湖や海など大きなものを配するように,最後に,背景には,ぼんやりと霞んだ表現で締めくくるものだとされる。マンチーニは,こうした構成の風景画を見るにあたって,鑑賞者は先ず前景に細かく描かれた事物を仔細に観察し,ついで中景に移って大きな対象を眺め,やがて遥か背景に至って静かな雰囲気に落ち着くという,一貰した鑑賞を行なうのであり,これによって,目や想像力がリフレッシュされるとするのだ(注30)。こうした風景画の代表として,厳格な構成を持ち,また様々な要素を含んだアンニーバレ・カラッチらの理想風景画が念頭におかれていたことは想像に難くない。実際にも,マンチーニは,こうした目的に適う優れた絵画を描く画家の例として,カラッチやドメニキーノを挙げている(注31)。本業は医師(彼は教皇ウルバヌス8世の侍医であった)であり,その一方で絵画の取引などにも手を染めていた人物が,このように比較的詳しく風景画の分類および構成について語っていることは,そのこと自体,1520年代のローマで風景画が広くもてはやされていたことを窺わせる。マンチーニが風景画の分類,特色と目的について論じていた頃,ローマ市中の実際の制作現場では,風景画,風俗画が多数描かれ,それに伴って,多様な表現の区別が確立しつつあった。アンニーバレの弟子たちによる理想的風景画,ェルスハイマーやその追随者たちによる自然主義的風景,そしてバンボッチアンティたちによる日常的な風景を描いた絵画などである。こうした風景画の区分が,雄弁術や詩論など,古代の美術理論の影響下に成立した• -197-

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