の12世紀のヒンドゥー教の彫刻〔図26〕にその類例が見いだされるのであり,こうしきる。この折り返しの表現は,制作年代は下るが,南インドを支配したチョーラ帝国た作例を考えると,スリランカやカンポジア彫刻の折り返しという著衣形式の原形となった作例が7捐紀以前の南インドにすでに存在していた可能性も十分予想されるのである。このように考察してくると,万佛寺台座の菩薩像にみられる折り返しの表現も,南インドや東南アジアにおいて,ヒンドゥー教の神像に表現されていた装飾モチーフの影響をうけて成立したことが判明するのである。ハ)以上,万佛寺台座の菩薩像にみられる身体表現や著衣形式が東南アジアのヒンドゥー教彫刻と関連性がつよいことを指摘してきたが,最後に図像学的な観点から検討をくわえ,これまでの考察を補強したいとおもう。まず,台座の中央に位置する菩薩像〔図27〕についてである。中央の菩薩像は,宝冠を着用せず,剃髪をした頭の頂で小さなまげを結い上げるという独特な髪形をみせている。そして左手に椙棒をつき,右手では袋状の持物をもっている。それに対し,このように剃髪をし,楳棒や袋状の持物をもつ菩薩像は,インド・グプタ朝の菩薩像の遺品はいうまでもなく,東南アジアの菩薩像の遺品にもまったくその類例をみることはできない。そしてこれがもっとも重要な点であるが,台座中央の菩薩像のもつふたつの持物が,ヒンドゥー教の図像と深い関連性をもっているという事実である。すなわち,ヒンドゥー教の図像学においては,楳棒と水瓶,あるいは楳棒とほらがいを併せて持つことは,ヴィシュヌ神を表す固有のシンボルとして定められている〔図28〕(注11)。水瓶はあらゆる生命の根元をあらわす聖水をいれる容器として,そして楳棒は,知恵の力を象徴する持物である。しかし,インド・グプタ朝のヴィシュヌ神像にみられる楳棒は,いずれも太い柱状をしめしており,その点,万佛寺台座の中央像のつく細い杖状の楳棒とは違っている。一方,タイやカンボジアなどには,6世紀まで遡るヴィシュヌ像の遺品がおおく残されているが,それらにおいては,手につく楳棒の形態が細い杖状となっており,万佛寺台座の中央菩薩像のそれに著しく似通っている〔図29,30〕。ただし,万佛寺台座の中央菩薩像においては,右手にもつ持物が,袋のような形に表されていて,東南アジアのヴィシュヌ像にみられる水瓶あるいはほらがいの形態とやや異なっているが,こうした相違はヴィシュヌ神の水瓶などの柄を長く変形することによって生じた結果と考え得る可能性も十分にある。いずれにせよ,万佛寺台座の中央菩薩像が手にするふたつの持物が佛教の菩薩像にはまったくみられないものである上に,しかもそれら-218-
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