鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
239/475

絶筆について絶筆は1948年毎日連合会に出品された作品をいうが,その点数については3点であったという説と,2点であったという説がある(注11)。今ここではく彫刻と女>〔福岡市美術館所蔵図24〕とく建物>〔東京国立近代美術館所蔵図25〕の2作をみることとしたい。すでに見たように,松本の扱うモチーフは「建物」と「人物」であり,これら2つのモチーフは二科展に発表される大画面系列の作品と小画面系列の2つの大きさの作品に分けられ制作され,大画面上に統合されあらわれるという大きな流れをもっている。この絶筆においてはまさにその最後のモチーフの出現となっている。しかし,これまでモチーフの統合の場であった大画面の作品,すなわちこのく彫刻と女>では,人物だけが描かれ,背景には都会風景も建物も描かれず,むしろそれらを拒むかのように赤褐色の絵の具が塗りこめられている。したがってここで主題となるのは時代状況から呼び覚まされる社会的な発言の形象化ではない。この女性がブロンズの首像に静かに触れるさまは,この当時の松本の関心のひとつであった対象の量的把握を求める松本自身の姿のように見えてくる。一方,<建物>という作品は戦中の一時期の写実的表現からも,戦後期の抽象的表現とも異なり1938年頃のく街>などの作品の背景に登場した建物群と類似するようにもみえる。しかし,手堅いマチェールの上に細い線描で描かれた建物にはこれまでとは異なり抽象的な印象を受ける。すなわち,ニコライ堂やY市の橋などに見られたある特定の建物や風景あるいはそれらの部分を組み合わせたものであるのではなく,具体性の欠如した抽象的,概念的な建物像といえるだろう。このことはこの建物について次のような読み取りを可能にするだろう。友人舟越はいう「美術館の一室でこの絵の前に立ったとき私は惜別の情に耐えられなかった。入り口から竣介が入っていったことを私に告げているかのようであった」(注12)。友人の静かな情動がそのまま肯首されるように画面にはある尊厳さが漂い,この白い建物はあたかも松本竣介の廟宇のようにすら思われるのである。以上不充分な点,未調査の部分については機会を得て詳論したい。なお,本調査と-231-注10舟越保武「彫刻と彼・後姿」『松本竣介画集』美術出版1949年P24

元のページ  ../index.html#239

このブックを見る