⑬垂迩画の研究一宮曼荼羅を中心に研究者:東京国立博物館研究貝行徳真一郎はじめに本地垂逃思想にもとづく絵画を,現在一般に垂述画と総称する。その中で主流をなすのは,宮曼荼羅とよばれる一群の礼拝画である。宮曼荼羅は,神社の社頭を荘厳して描く点において,独自なすぐれた風景表現の領域を形成している。中世絵画史では,ことに各種の宗教説話画の盛行のもとに,風景表現が多様な展開をとげた。中世をつうじて描き継がれた宮曼荼羅は,そうした風景表現における多様性の,1つの骨格をなしていた。宮曼荼羅の成立については,すでに先学の研究があり,筆者も以前に考察を試みた(注1)。その拙稿では,宮曼荼羅は先行する実景絵画の諸系譜に連なり,さらに仏教浄土図の触発をうけることで絵画史的成立をみたとの報告をおこなった。本研究はその報告をふまえて,宮曼荼羅の風景表現の特質について,あらためて考えようとするものである。具体的には,現存する諸作品の図様を分析的に比較検討し,宮曼荼羅の図様の形成および継承の実態を考察する。さらに他のジャンルの絵画作品との比較をおこない,宮曼荼羅の風景表現の特質,そしてその絵画史上に果たした役割を浮き彫りにしていきたい。垂逃曼荼羅の制作は,鎌倉時代以降,各社においておこなわれた。その中で春日曼荼羅は,おもにその制作は南都において,そして発願・礼拝は京都の貰顕によってもおこなわれたという点で,垂迩曼荼羅の中心であるとみなすにふさわしい。現存作品数も,また名品の数も,優に他杜をしのいでいる。そこで春日宮曼荼羅を中心に考察する。その中でも,鎌倉時代13世紀の東京・根津美術館本,正安2年(1300)の大阪・湯木美術館本,そして南北朝時代の奈良・南市町本の3点は,諸作品を代表する名品である。なおかつ春日宮曼荼羅の形成,成立,展開という3つの時期の特徴を,典型的にしめす3点でもある。したがって,この3点を主な対象として取り上げる。1.名所絵と社頭図春日宮曼荼羅は,12世紀末期をその揺藍期とし,13世紀末期に定型となる図様が成立したと考えられる。その1世紀の間の経緯について,まず考えてみたい。最初に,-240-
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