鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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3.社寺景観図の広がり曼荼羅の成立とは,一方では,そうした裾野なり水脈なりを前提とする事象であった。そこで次に,社寺を描く絵画の広がりのなかで,宮曼荼羅の占める位置を考えてみる。杜寺景観図の具体例は,各種の社寺曼荼羅はもとより,問答講本尊図,高野山水屏風さらに御幸図,古絵図など,多岐にわたっている。しかしとりわけ説話画が注目される。鎌倉時代に,絵巻・掛幅の別をとわず,さまざまな社寺縁起絵や高僧伝絵が,あいついで制作された。これら説話画の流行は,社寺景観図の盛行としてもとらえうるであろう。中でもその頂点をしめすのが,正安元年(1299)完成の一遍聖絵である。12巻という大部な本絵巻には,周知の通り全国各地の杜寺景観が,全巻にわたって随所に描かれる。現存する宮曼荼羅などとの,図様の類似が指摘されている場面もある。発願者の聖戒が,一遍と全国行脚の行程を共にしたという史実はさておき,これほどに頻繁かつ破綻のない社寺景観の絵画化の実現は,図様の整理された紙形の集積という前提をぬきには考えがたい。一遍聖絵は,各地の社寺景観の紙形が蓄積されていた当代の状況を,端的に物語っている。前章でも少しふれたが,春日験記もまた,社寺景観の紙形使用を前提とする,顕著な例である。春日験記では,春日杜頭の各所の景観が,全巻をつうじて描かれる。注意されるのは,同一の場面が何度も反復して描かれる点である。反復される主な場面を列記してみる。本社中院… 13回本社内院… 6回一鳥居付近…5回... 4回若宮杜二鳥居付近…2回同ー場面の中でも,視点をとる方角や高さを違えて,変化をつける工夫はなされている。しかし,文字通り同一の図様を反復させる場面も少なくない(注18)。その典型的な例が,2章でも言及した,中門前の場面である。全部で13回描かれている。そのうち中門前の空間を,南西からみた姿で描く図様(注19)と,南南東からみた姿で描<図様(注20)とは,それぞれ4回ずつ繰り返されている。そして同形のものが繰り返されるのは,殿舎だけではない。春日宮曼荼羅の場合と同様に,植物に関しても,-252-

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