鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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⑮ 17世紀オランダ絵画史における古典主義の系譜研究者:慶應義塾大学非常勤講師小林頼子1.問題の所在17世紀オランダ絵画は,19世紀以来,一貫して写実主義の名のもとに評価され続けてきた。確かに,日常の生活や環境を活写した風俗画,風景画,静物画への旺盛な関心,さらにはそれらを定着するための技法は,現実的な写実の精神なくして成り立ち得ない。その意味で,写実主義を強調しつつ17世紀オランダ絵画の特徴を際立たせるアプローチは,美術史的に見て,十分な妥当性を備えていると言える。しかし,一方で,17世紀オランダ絵画をもっぱら純粋視覚的に捉えようとするこの種の見解には,近年,強い反省の声が上がり始めている。日常的な外観の背後に伝統的な寓意を認め,寓意図像集等を手がかりに,各モティーフとその組合せを解釈しようとするデ・ヨングらの試みは,そうした反省のなかから生まれてきた。その成果は,17世紀オランダ絵画研究に新たな地平を開いたと言われるほどに,実り多いものである。だが,それらの解釈研究も,「意外にも写実の外観の下に」という発想に出発点があるとするならば,写実を軸としたアプローチに根本的な変更を迫るものとはいえまい。むしろ,およそ写実の対極に位置する古典主義の系譜を跡づける試みの方にこそ,17世紀オランダ絵画史を「書き直す」ための鍵が潜んでいるのではないか。「書き直す」必要は確かにあるのである。写実の名のもとにないがしろにされ,しかるべき史的位置づけを与えられていない優れた作家,作品が,17世紀オランダにはあまりに多く残されている。1980年代の初めに開催された展覧会『神と神々』は,17世紀オランダ絵画を支える系譜の1つ,古典主義に光をあて,それらの作家,作品を再評価しようとする試みであった。現在の筆者の研究上の関心は,展覧会『神と神々』が提示した切り口をさらに掘り下げ,細部を整理し,17世紀オランダにおける古典主義の核が一体と‘こに求められるのか,それは他のヨーロッパ諸国における展開とどのように一致し,どのように相違するのか,といった問いに答えることにある。今回,鹿島美術財団からいただいた助成金では,多くの山積する課題のうち,ハイス・テン・ボス(デン・ハーグ)のオラニエの間を飾る絵画群の調査を進めさせていただいた。17世紀半ばに制作されたそれ-269-....

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