結論と展望1930年代の上海を中心とした,印刷文化と魯迅の版画運動についての,1993年度の調査は以上のとおりである。調査した約500点の資料,カードと写真はすべて町田市立国際版画美術館に保管してあり,どのような団体・個人でも閲覧できることになっている。われわれ共同研究者は,この写真資料が1930年代の国際都市上海と,中国の木刻運動に関する重要な資料となっており,今後の研究の基礎となるものであると自負している。われわれ共同研究者は,ひとしく美術館に籍をおく者であり,研究発表は学会や印刷物ばかりではなく,展覧会の形式で行なうことが重要な活動と考えている。町田市立国際版画美術館と山梨県立美術館で開催された『1930年代上海・魯迅展』は,共同研究の一部であり,近代美術の研究者たち,魯迅研究者たちに好評をもって観ていただけたことも,大切な成果であったと考えている。記して鹿島財団に謝意を表するものである。反省すべき点は,1930年代の印刷文化についての調査が不充分だったことである。木版本から活字版・写真版への変化過程は,日本の印刷界でも充分な研究成果はみられていないが,事情は中国でも全く同じである。資料も断片的には収集できたが,綜合的に判断するまでには至らなかった。しかし,周知のように,1920年代から30年代にかけての,国際都市上海には西洋,東洋文化が混沌としており,絵画美術をはじめとして,商業美術についても,特異な位置を占めていた都市であった。しかしながら,この重要な問題が包含する国際都市上海についての,学術的研究が遅れているばかりか,資料が散逸状況にある。ために今回の調査も,その辺の資料の収集に心がけてみたのだが,課題を多く残す結果となったことは残念である。これらの反省点の上に立って,更に継続的に調査を進めなければ,中途で挫折することになろうと憂慮される。-303-
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