鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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⑰ 平安後期出土美術工芸品の材質的研究研究者:宮内庁正倉院事務所保存課保存科学至長成瀬正和京都市埋蔵文化財研究所主任研究貝I.はじめに美術史・考古学が研究対象とする遺品について,自然科学的手法を用い材質・技法を解明することは,材質史・技術史の興味からはもちろん,美術史・考古学にとっても遺品の性格・素性を明らかにする上で意義がある。本研究は平安後期を中心とする時期の出土美術工芸品のうち銅製品・木製品・蒔絵試料についてその材質的特徴を明らかにすることを目的とし実施した。試料の多くは京都市域より出土したものである。本研究では成瀬が,銅製品および蒔絵粉の材質調査を蛍光X線分析法により行い,また岡田が顕微鏡観察により木製品の樹種同定および蒔絵試料の塗膜構造分析を行った。II.銅製品の蛍光X線分析蛍光X線分析は試料に1次X線を照射し,試料中に含まれる元素に基づく2次X線を発生させ,これを分光して元素の種類や量を調べる方法である。本研究では出土銅製品を非破壊で測定し,定性分析を行っている。1.奈良時代の銅製品の材質的特徴これまでの正倉院宝物の材質調査と正倉院文書中の造寺司関係文書の記載の解析などから奈良時代の銅製品には以下の特徴があることが明かとなっている。① 国産の精錬銅には通常数%程度の不純物としてのヒ素が含まれること② わが国の官営工房で生産された銅製品は鉛が添加されないこと③ わが国の官営工房で生産された金銅製品の地金は銅(不純物のヒ素は含まれる)であり,合金は使用されないこと④ 中国製および朝鮮半島製の銅または銅合金にはヒ素は含まれないこと⑤ わが国の私営工房の銅製品については合金成分に鉛を加えるものがあること飛鳥時代の銅製品については不明な点が多い。しかし正倉院には明治期に誤って入庫した法隆寺関係の遺品が残されている。それらのうちの若干の銅製品について蛍光岡田文男-304-

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