鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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いし複数個設けて,これのまわりをさまざまな装飾モティーフを充填した帯による多様な枠状装飾帯によって幾重にも囲む。部屋の壁面に接する部分は,しばしば白の小石やテッセラによって,無地の部分として形象装飾のないままに残される(したがって,部屋の平面フ゜ラン上の歪みにもかかわらず,しばしばモザイク装飾の中の文様の部分は,矩形または方形の幾何学的に整然と整った形態となり,これを無地の白の部分が緩衝の役割を果たすことによって,部屋の形態とは無関係にエンブレーマとその枠の部分の幾何学性が保持される)。エンブレーマを囲むいくつかの装飾帯には,三角形の連なりや組紐文,メアンダー文などの幾何学図形や,城塞文,波文などの形象を表わした装飾文様が多いが,ときおりはこれらに混じって,植物の葉や果実を一列に連ねたり,細長く引きのばされて蛇行する植物の茎や蔓を表わしたり,あるいは紀元(いわゆる“Fruchtghirlande”)が描かれ,矩形または方形の枠をなしてエンブレーマを取り巻くようになることがある。第二は,デロス島とポンペイの壁面装飾において見られるものである。ヘレニズム期末期のデロス島と,第一様式の時代のポンペイからは,種々の大きさの石製のパネルが並んだ様子をストゥッコなどで表わした壁面装飾が多数発見されているが,この中で,壁面の上下を分割して区画するいくつかの装飾帯の間隙に,具象的な形像を描いた水平方向に細長いフリーズが挿入されることがある。この種のフリーズには,デロス島の「喜劇俳優の家」の壁面に残る,幾人かの俳優を並べて描いた例などがよく知られているところであるが,同様のフリーズにあって,植物文を描いたものもいくつか発見されている。これにはデロス島の同じ「喜劇俳優の家」の中の中庭Iや,廊の家」のオエクス44と「サッルスティウスの家」のオエクス22からの作例が属していると考えられる。いずれもほぼ観者の目の高さかそれよりもやや高い位置にあるもので,壁面中間部の羽目石の列を再現した箇所と,壁面上部の小型の化粧板が密に並んでいる様子を模した部分の間に挿入されており,水平に細長くのびるフリーズ状の帯の中に,蔓性の植物が渦を巻いたりゆるやかに波打ったりしながら,水平の方向に延長するように表わされている。しかしながら,この種の細長く描かれた植物文フリーズは,ポンペイ第二様式以降の時期までも,ややその位置を変えながらも,継続して用いられていたと見るべきであろう。すなわち,ポンペイのヴィラ・ミステリの広間前2世紀末葉頃になると,果実などをつけたさまざまな樹木の枝を編んだ形状の花綱下ADの階上部分の壁面,および,ポンペイの第一様式の壁面装飾である,「ファウノ-318-

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