鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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⑫ 中世の仏教版画研究者:町田市立国際版画美術館学芸員内田啓一平安末期から作例が確認されている仏教版画(印仏・摺仏)であるが,これまでの研究者(注1)の稀少さも手伝ってかなかなか新出作品が紹介されることもなく,また,本格的に論じられたことも少ない。ここでは新出の平安期の作例を始めとして,南北朝期,室町期の新出資料を中心として論じ,従来の版画史・美術史の一頁に加えてみたい。1.奈良広陵町・長泉寺所蔵木造毘沙門天立像像内納入品の十一面観音菩薩立像摺仏(図①〕紙本墨摺高さ37.1センチ平安時代本摺仏を初めて紹介されたのは田中義恭氏で,奈良国立文化財研究所の悉皆調査の報告の折りに木造毘沙門天像を平安末期の像として紹介され,その納入品として本図を毘沙門天立像印仏,及び不動明王坐像印仏,如来形坐像印仏とともに紹介された(注2)。ここで十一面観音摺仏を特筆する点は大きさと図像の正確さ,それに版刻の克明さにある。とかく簡略な像容であらわされることの多い仏教版画であるが,この十一面観音摺仏に限っていえば,白描図像的な美しさも備えている。従来,我が国の版画史のなかでは元興寺所蔵の如意輪観音菩薩摺仏が白眉とされてきたが,それに先行する秀麗な作例として平安期の作例として見直さなければならないものである。序図①-354-

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