鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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⑯ ウィリアム・ブレイク『ヨプ記挿絵』の成立過程について研究者:北海道立近代美術館学芸部学芸第二課長浅川はじめにウィリアム・ブレイク(1757-1827)の版画連作『ヨブ記挿絵』(以下『ヨブ記』と略称)は詩人・画家・版画家ブレイクの芸術の集大成といえる。この作品は晩年のパトロンであった画家ジョン・リネルの勧めによって1823年に制作が始められ,1826年に出版されている。当時,ビュランの線刻を中心としたその重々しいスタイルは古めかしい印象を与え,作品を購入したのはごく小数の友人だけであった。スティプル法(点刻法),エッチング(腐蝕銅版)など時代の趣味はもっと軽い調子のものに向けられていたのである。版画家ブレイクの評価は彩飾本など創意の独自性によって生前とは逆に高まっていった。『ヨブ記』の芸術的価値に新たな光が当てられたのは,予言書など詩人ブレイクの理解が深まり,前期ロマン主義の詩人として高い評価を受けるようになってからである。プレイクの予言書を手掛かりにして『ヨブ記』解釈に大きな貢献をしたのはジョセフ・ウィックステードである。『ブレイクのヨブ記のヴィジョン』(1910)において彼はヨブと神の足のポーズが似ていることに注目し,この二人の人物の表現に共通性があることから,『ヨブ記』というドラマが人間の内面の闘争と勝利,内なる善と悪の葛藤を描き出しているとした。人物の手足や姿態に象徴的な意味が込められていること,左と右,夜と昼のシンボリズムなど図像解釈のうえでもウィックステードの研究は先駆的であった。『ヨブ記」が旧約聖書ヨブ記の挿絵以上のものであること,構成や意匠にブレイクの思想が色濃く反映されていることなど以後の研究に大きな影響を与えた。本稿では『ヨブ記』の解釈やその意匠の歴史についてのいくつかの研究を紹介しながら,イギリスでの調査報告もあわせて,『ヨブ記』の成立過程について述べてみる。1.ケインズの研究ジェフリー・ケインズは『ブレイク書誌』(1920)やローレンス・ビニャンと編纂した『ヨブ記』ファクシミリ版(1935),『ブレイク研究』(1949)において『ヨブ記』の成立過程に関する基礎的な研究を残している。それらをここで概略してみる。ヨブをテーマにした最初の作品は,現在テート・ギャラリーにある「ヨブと妻と友人たち」泰-390-

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