記』の性格と象徴を明らかにしようとしたのはキャスリーン・レインである。人間の四つの心的能力(感覚,理性,情動,想像力)を具現する普遍的人間アルビオンの分裂と統合のドラマーそれはグノーシス主義などキリスト教神秘主義の宇宙論を背景としているが,『ヨブ記』の意匠のいくつかはそうした観点から説明できるという(『ブレイクと伝統』1962)。アルビオン神話が次第に明確なものになっていくのは未完の『ヴァラもしくは四つのゾア』(1796-),『イエルサレム』(1804-1820頃)の制作を通してであるから,水彩画『ヨブ記』(バッツ・セット,1805-06頃)の制作年代と重なる。アルビオンの魂の病のイメージはヨブの病(腫物)と同一のものであろう。また『イェルサレム』がアルビヨンの死の眠りから永遠の生命への目覚めまでの夢幻劇ともいえ,その完成の後に制作された銅版画『ヨブ記』の描写が水彩画よりはるかに夜の印象を強めていることから,予言書が少なからず影響を与えていると思われる。4.シンメトリーの構造『ヨブ記』の各意匠についてウィックステードやデーモンが指摘するシンボリズムは,霊的なものと現世的なものの対立を浮かび上がらせる左右,上下といったシンメトリーが重要な要素となっている。ケインズはそこに注目して「『ヨブ記』連作全体と意匠の啓示的なシンメトリーは詩霊あるいは想像力であるところの神の呼吸によって実現できたのであろう」(『ヨブ記」ファクシミリ版)と述べている。デーモンも「神の七つの目」によってこの連作のシンメトリカルな構造を示唆した。初期彩飾本『無垢と経験の歌』や『天国と地獄の結婚』(1789-93)に見られるように,ブレイクは対立するものの結合による新しい世界観を示そうとした。それはまた「ひとつぶの砂にも世界を/いちりんの野にも天国を見/きみのたなごころに無限を/そしてひとときのうちに永遠をとらえる」(「無心のまえぶれ」舟岳文章訳,1803頃)の霊的な知覚のあり方と分かち難く結びついている。ヴィジョンの体系ともいうべきものをブレイクは生涯をかけて構築しようとしていた。三十年にもおよぶ『ヨブ記』の歴史はそのことを象徴的に体現しているのである。彩飾本やエドワード・ヤング『夜想』挿絵(1796)では本図のなかにテキストを配置したため読むことと見ることとが互いに絡み合い,双方の印象を弱めてしまう結果になる。『ヨブ記』においてブレイクは本図とテキストの配置を逆転し,しかも彩飾本の成果を飾り縁に生かしている。このことからエシックがク‘析しているように初め,眼は中央の本図に向けられ,次にちょうどらせん状に外へ-395-
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