鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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と視線が広がっていくことになる。この内と外への視覚の動きが本図と飾り縁とテキストの三つのレヴェルの認識を統合するのである(『彫版師ウィリアム・ブレイク』)。そのことは『ヨブ記』の中心ともいうべき第13図の旋風の渦巻くような線において端的に示されており,その構図の原型となった水彩画「旋風の中からヨプに答える神」(1803-05)では,旋風の代わりにらせん状に連なり地上まで降りてくる天使たちが描かれ,天の神と地上のヨブが置かれている対立する視点が結びつけられている。『夜想』挿絵の大袈裟なマニエリズムによる不自然さがこうした構図上の工夫によって解消され,心理的にも視覚的にも劇的な効果を生み出すことになった。このようなシンメトリーは二十一枚の意匠全体にも見られる。対立する意味をもつ二つの図が対比的に浮かび上がるように構図や姿態が描かれていて,左右や上下のシンボリズムがそこに組み込まれているのである。例えば第1図と第21図はそれぞれヨブの形式だけの祈りと霊的な祈りといった相対立する状態が描かれている。太陽と月の位置は左右逆転し,詭いていた人物は立ち上がり音楽を奏で,歌っている。飾り縁の下両端の雄羊と雄牛の位置も入れ替わっている。この二つの図のシンメトリーによって初めてそれぞれの意味や象徴が生きたものになるのである。おわりに「ヨブと妻と友人たち」の素描に始まって,二組の水彩画連作,そして銅版画『ヨブ記』にいたるまで人物の手足や体の位置や向きなど構図の変更はこうしたシンメトリカルな構造をより強靱なものにするための創意工夫でもあったといえるだろう。『ヨブ記』の成立過程はブレイクのヴィジョンの体系化のプロセスとして見ることができる。本稿において各図の変遷や図像解釈に詳しくふれることはできなかった。これまでの研究とブレイク芸術の十分な把握,また関連作品の綿密な調査がさらに必要である。今後も努力していきたい。最後にこの研究に対する鹿島美術財団のご理解とご支援に心から感謝を申し上げたい。-396-

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