鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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⑰ 中世漆工芸における「和」と「漢」研究者:国立歴史民俗博物館情報資料研究部助手日高はじめに鎌倉時代後期以降急速に盛り上がりを示す「唐物」趣味の対象には,堆朱などの彫漆を中心とした漆工芸品が含まれており,招来された豚しい数の漆芸品は独特の基準で細かく分類され鑑賞されていた。これら舶載された漆芸品の積極的・熱狂的受容の一方で,伝統的な蒔絵等の技法による作品はどのようにとらえられ,その制作意識には何らかの変容があったのだろうか。本研究では,新来の中国の文化が大きな波となって押し寄せ,「和」「漢」の構図が複雑な様相を呈してくる室町時代を中心に,和物としての蒔絵作品が内包する「漢」的要素について,主題・モティーフ・文様構成(構図)・表現・技法・素材・作品の受容などの面から検討を加えてみた。未だ進行中の研究であるため,本報告においては,それぞれの面に関しての研究の概略を簡単に述べながら,硯箱という当代を代表するメディアを中心に二,三の問題点を指摘するにとどめたい。蒔絵作品にみられる中国的要素① 主題・モティーフまず,蒔絵作品にみられる中国的主題やモティーフに関しては,平安時代以降の文学世界における漢詩鑑賞の伝統の延長線上にとらえられる文学意匠と,新たな刺激によって特に好まれるようになったと考えられるいくつかのモティーフという二系統に整理することができる。もっとも,これらは厳密に区別されるものではない。一見伝統的な主題やモティーフも大抵の場合その始源は中国に辿ることができるが,それらが「和風化」したり慣れ親しまれていく過程で,「和」のモティーフと同化したり,逆に「漢(唐)」を象徴するモティーフと見なされたりしていく変化には,きわめて個別的な性格が強いためである。日本国内における「和」「漢」のイメージは必ずしもそのモティーフの起源とストレートには結び付けることができない。ここで重要なのは,それらが中国に起源をもつものか否かということではなく,日本の文化に取り込まれた後,どのような位置づけで用いられたかということである。伝統的なモティーフが,構図や表現の面で新たな要素を取り入れることによりその意味・機能を変容させてい蕉-397-

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