る側面も認められる。また,室町期の遺品を丹念に検討していくと,和のモティーフが和風に,中国のモティーフが中国風に表現されているというわけではなく,中国的な要素と和の要素とが現れる状況は主題や構図,表現,技法などの多面にわたっており,しかもかなり恣意的であることがわかってくる。以上のようなことをふまえた上で,中国的な主題・モティーフをとりあげる。漢詩に基づいた蒔絵意匠は,鎌倉中期以降の作品に多数登場する。なかでも『白氏文集』に収められた漢詩の意味を表現した梅蒔絵手箱(三嶋大社蔵)が最も早い時期の作例であり,また『和漢朗詠集』所収の慶滋保胤の詩にちなむ長生殿蒔絵手箱の名称を持つ作品は徳川美術館,ボストン美術館,大倉集古館所蔵の3例を数え有名である。これらの意匠はいずれも詩意を表した情景の中に,漢詩の文字を散らし書きすることでその典拠を明示している。同様の手法は,和歌に取材した時雨螺細鞍(永青文庫蔵)のような作品にもみられ,いわゆる葦手絵の意匠と呼ばれる。詩中の漢字自体をデザインの中に組み込み,平文や高蒔絵という重厚華麗な技法で表現する手法は,作品に格調高い雰囲気を与え,漢詩の主題といかにもマッチしているように感じられるが,和歌に基づく葦手絵意匠の表現方法とのあいだに大きな違いはみられず,漢詩という中国主題とこの技法・表現法との特別な結び付きは認められない。ただ注目すべき点は,漆芸の遺品からみる限りでは漢詩の方が和歌の意匠にやや先行するかたちで発達し,また,鎌倉時代には多くの場合手箱を飾る意匠として用いられたということであろう。男性の文学とされた漢詩の主題は女性の化粧道具を納める調度品である手箱の意匠としてあまりふさわしいとはいえない。それがあえて採用された理由に関して,手箱の多くは婚礼の際に新調されるハレの道具であり,ハレの調度として特別の意味を持つ手箱の意匠にふさわしい漢詩の主題が選ばれたのではないかという指摘がなされている(注1)。これは中国=規範・正統ととらえる奈良時代以降続いてきた伝統的,普遍的な「漢」イメージの機能の一例とみなすことができるだろう。漢詩主題はこのほか,不老長寿などの吉祥の意味をこめて,鏡の意匠や,女性が身につける小袖の意匠にも多くとりあげられている。ところで大倉集古館の長生殿蒔絵手箱においては,やまと絵風の絵が描かれた扇面散らしの文様の箱の蓋裏に,表の意匠と無関係な「長生殿」の漢詩の主題が描かれている。箱の蓋裏意匠には,慶賀の意味を表す蓬莱文様等が選ばれることが多く,この手箱の場合も同様の発想から「長生殿」の意匠が表されたものと理解できる。しかし-398-
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