入り込んでくる傾向がみられるのである。もっとも中国製の彫漆・螺細などの文様に細密な構図で描かれる楼閣人物の主題は,その作風は大きく異なるものの,人物や建物を描く蒔絵の構成に何等かの発想を与えたものとも想像される。主題と構図が組み合わされたかたちで中国の影響が認められるもう一つの例として,花鳥画風の表現をあげることができよう。伝幸阿弥宗伯(1484■1557)作,桜山鵜蒔絵硯箱では桜の枝にとまる山鵠を近接した視点で大振りにとらえる点でそれまでにはみられなかった斬新な印象を与えるが,画面の横方向から枝の中程から先を描く構図は,再三指摘されるように,一見して中国宋元の花鳥画の構図に類似する。また,椰蒔絵笏箱(熊野速玉神社蔵)や桐蒔絵玉侃箱(熊野速玉神社蔵),桜蒔絵硯箱(東京国立博物館蔵)はともに折り取られた椰,桐,桜の枝を蓋表の中央に大きく描く。これは花木・草花の枝を空間に散布した伝統的な折枝散らし文に描かれる折枝とは趣を異にするものであり,画面の対角線上を横切る構図は中国の折枝画と近しい感覚を示している。これらは舶載された中国絵画から影響を受けてデザインされたものとも,このような花鳥画の主題と構図の組合せが日本の絵画,工芸を含めた意匠として広まり定着した結果とも考えることができるだろう。もっとも,中国の工芸意匠にも当然このような構図を持つ花鳥画風の文様が描かれており,螺細の遺品では花鳥螺細長方形盆(畠山記念館蔵)の梅に小禽を描いた意匠や,花丼文螺細長方形盆(個人蔵)の折枝風の牡丹を描いた例,彫漆でも花鳥文長方箱(徳川美術館蔵)の側面に椿と山鶴・芙蓉と尾長などの花木と鳥とを組み合わせた構図がみられる。彫漆器の花鳥文は一面を隙間無く覆い尽くすような文様で,蒔絵の文様には馴染みにくいものが多いが,螺細の文様にはより絵画的で蒔絵の文様にも転用しやすい図柄が多いように感じられる。座敷飾りに飾られた記録の残る螺細の硯屏に描かれた小画面の絵画的な意匠なども,新しい蒔絵意匠の参考になり得たかもしれない。この他,中国螺細の図柄の影響を考えることのできる作例として,香魚蒔絵花形盆(東京国立博物館)の藻魚図風の表現があげられるが,ここにみられるパターン化された表現は,絵画を模したというより,楼閣山水人物螺細合子(東京国立博物館蔵),や花鳥螺細合子(個人蔵)の側面に帯状に-402-
元のページ ../index.html#410