鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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配置される藻魚のような工芸意匠からの影響を考えたほうが自然であろう。③ 文様構成(注7)次に前項にあげた各画面内での構図のほか,硯箱等の全体の文様構成にみられる「漢」的要素について考えてみたい。構造的な面からみると,硯箱の場合,高さが低いために側面の加飾はあまり効果的な意味をもたないので,蓋表・蓋裏・見込などの独立した面が主な加飾面となる。また文台の意匠は絵画風の表現に適した広い横長の画面を生かした構成をとっている。このように,画面ごとの独立性の強い文様構成に,鎌倉時代以前の手箱の意匠などとは異なる新たな特徴を認めることができる。特に室町時代の硯箱の蓋表意匠は,削面取被蓋造の形態の面取りの部分に金蒔絵や唐草文様で縁取りが施されることにより,タブローのように切り取られた画面を獲得し,表裏のはっきりとした意識のうちに,絵画的な主題・構図の意匠を表すことに成功している。いわゆる和様化以来の漆芸品の文様構成を通観すると,装飾を加える基体としての箱の構造に対応した枠が施される例は少なく,中国の工芸意匠のほとんどが明確な縁取り文様を施したり,抽象文の中に窓を開けて絵画的文様を表しているのと対象的である。硯箱の面取り部の縁取りは,控え目な表現ではあるが,中国風の枠の感覚を示すものと考えられないだろうか。また,面取部に施された飾金具風の唐草文様は鎌倉時代以前にみられない新しい手法であり,異国風を表す表現法として採用されたのではないかと考えられる。唐草文様をほどこした室町時代の硯箱の主な例をあげると,男山蒔絵硯箱(東京国立博物館蔵)の菊唐草,嵯峨山蒔絵硯箱(根津美術館蔵)の唐草,小倉山蒔絵硯箱(サントリ一美術館蔵)菊唐草,塩山蒔絵硯箱(東京国立博物館)松唐草,住吉蒔絵硯箱(京都国立博物館蔵)蔦,千歳蒔絵硯箱(藤田美術館蔵)の唐草など,和風の植物の唐草文様化が行われており,新来の唐物からの直接の影響ではなく,これらに刺激を受けて,従来の唐草文をアレンジしたものと想像される。④ 表現・技法技法や個々の表現面での中国漆器の影響は,断片的にみられるに過ぎない。疑似彫-403-

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