⑥ 18世紀版画研究研究者:お茶の水女子大学人間文化研究科伊藤己令18世紀後半期にジャン=バティスト・ピュマンJean-BaptistePillement (1728-1808)という多産な装飾画家がいた。作品は油彩画,パステル,水彩画,エッチングなど多岐にわたり,その多くが自身によるエッチング,あるいはビュランによる複製版画として出版されている。パリ国立図書館の版画室には,分類番号Dc.6aのフォリオ版の冊子にピュマンの版画作品が集められている。作品の大部分はシノワズリー(中国趣味)によるアラベスク装飾あるいはカルトゥーシュ装飾図案であり,『漁師と狩人の12連作』Suitede douze p~cheurs et chasseurs, 『アラベスク文様帳』Cahierdes arabesques, 『布地のための花々,日本の花さまざま』Fleurspour etoffes, 18世紀フランス美術において,中国趣味を絵画化した作例は豊富で,特にヴァトーやブーシェによるものがよく知られているが,ピュマンのシノワズリーにはそれらと異なる要素が認められる。一般に,シノワズリーを考察するさい,歴史的,地理的現象として,東西貿易がもたらした文物および風俗への西側からの博物学的関心の高まりを前提とするが,精神的基盤としてはエキゾチズムという価値観,さらには西欧の文明世界に対する反世界=パラダイスという視点が重視される。しかし,ピュマンのシノワズリーには,エキゾチズムや反世界とも異なるもう1つの要素,極めて自由な発想の飛躍を促すファンタジーの感覚が内在していることに特徴がある。例えば,彼の『漁師と狩人の12連作』では,怪烏に乗って空を飛ぶ中国人の狩りの情景や〔図□, 2人組の中国人が恐ろしげなドラゴンの巣に侵入して卵を盗みだす情景などが見られるが,ここでは幻想的な植物や構築物によって生み出される装飾的な枠という舞台のなかで,中国人による大冒険が活劇さながらに繰り広げられている。ピュマン作品の重要な魅力を形成するファンタジーという要素は何をきっかけに生み出されるのであろうか。ここで注目したいのは,ファンタジーを生み出す成分というべきものが,二通り考えられるということである。ひとつには,当然,空飛ぶ怪鳥や中国人といった奇抜な情景を生み出すシノワズリーの空想力があげられる。しかしもうひとつの極めて重要な発想法は,18世紀の装飾モチーフの性格そのものの中に内Differentes fleurrs du J apon, 『中国の遊び』Jeuchinois, 『怪鳥』Oiseaufantasi-queといったシリーズを含んでいる。J.ピユマンの作品におけるシノワズリーとファンタジ一-444-
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